平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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[321]「意のままに」とは?

  

 

如意宝珠は、「意のままに様々な願いをかなえる宝」です。

そんな宝があるはずはないと思いつつ、私たちは様々な形で如意宝珠を求めています。権威、お金、科学・・・

ところが、現実には、世の中は自分の思いどおりにはなりません。だから、がまんして、求めるものを小さく少なくして生きていくしかありません。

ほんとうに、そうでしょうか?

世界中に伝わる古来の知恵でも、現実に何かを成し遂げた人でも、「意のままに願いをかなえる」ことを推奨しています。

じつは、「意のままに」という概念に、大きな落とし穴があるのです。「私だけの意のままに願いをかなえる宝」など、あるはずがありません。そんなものがあったら、あらゆる人々の「意のままに」が競合してしまいます。あ、これって、競争原理ですね。だから、競争原理では、願いがかなうはずなどありません。必然的に、願いを小さくし、少なくすることになります。大きな願いはエゴでしかなく、迷惑です。だから、世界は有限であり、分けあわねばならないという発想になるのでしょう。

「意のままに」を「世界を救うという意のままに」と解すれば、どうなるでしょう?

世界の誰とも競合しません。私の「意のままに」は、世界中の人にとっての「意のままに」と同じです。すると、願いは大きければ大きいほどいいです。世界を制限する理由はどこにもないし、制限すべきではありません。世界は有限ではなく、無限です。

実際のところ、古来から世界中に伝わる人類の知恵も、実際の偉人たちも、「私の意のままに」ではなく「世界を救うという意のままに」を実践し、強調しています。だからこそ、意のままに願いがかなうのです。

世界を救うというというミッションは、自己犠牲ではありません。自己犠牲という発想が、競争原理なのです。誰かが勝てば、誰かが負ける。

如意宝珠とは、競争原理を越える概念なのです。そして、如意宝珠は、どこかにあるのではなく、自分の心の中、すなわち、私の心そのものなのです。

なぜ私の心が如意宝珠たり得るかというと、世界を救うというミッションをもつのが心だからです。

前回、大施太子のストーリーから、3つの学びが得られると書きました。

1. 毒は、慈しみの心で消える
2. 貝殻で海の水を汲み出すことができる
3. 如意宝珠は世界を救うためのものである

これは、じつはヒーローズジャーニーそのものです。ヒーローは、メンターを得て、変容します。どのように変容するかというと、自分中心の世界観から、世界中心の世界観へと変容するのです。だからこそ、ヒーローなのです。だからこそ、最終的に勝利するのです。

何に勝利するか? 

自分中心の世界観にです。

私にこだわればこだわるほど、私は小さく、貧しくなっていきます。一時的に成功したように見えても、多くを失います。世界にこだわればこだわるほど、私は大きく、豊かになっていきます。人間は、それを逆に考えてしまうのです。

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