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創造の力

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[323]農場の法則と因果

  

 

『7つの習慣』で「農場の法則」が説かれています。考えれば考えるほど、深い原理ですし、この世界を適切に表していると思います。

農業は、「土作り→種まき→世話→収穫」の4工程が基本です。そんなことしなくても植物は自然に生えてきて実るではないかという声もありそうですが、それは収穫ではありません。収穫とは、自分が望む結果を得ることです。

自然にゆだねるのは、人類で言うと、狩猟と採取の原始時代です。そして、人間以外のあらゆる生物には、収穫はありません。収穫こそが、「創造の力」なのかも知れません。

自然にゆだねるのではなく、自分が意図する結果を自分の行動によって得る。これが創造でなくして、何でしょう? そして、まさに収穫こそが、如意宝珠に他ならないのではないでしょうか。

収穫の前の「土作り→種まき→世話」のうちの1つでも欠けると、収穫に至りません。じつに、自然の摂理であって、これらを地道に積み上げることは人間の美徳ですし、労働の基本でもあるでしょう。

しかし、人間は横着な面もあり、おかしな考えを持ったりもします。

「土作り→種まき→世話」抜きに、収穫を得ようとします。魔法、まじないなどのオカルト的な考えをする人。引き寄せの法則やプラス思考を曲解し、「思考→収穫」が可能であると信じる人。この世の中は偶然であって、収穫は偶然訪れるもので、自分に収穫が訪れないのは、運が悪いか、周囲の環境が悪いと考える人。人間の力は偉大であり、「土作り→種まき→世話」なしに、収穫を可能としうると信じる人。これは、科学かも知れません。じっさい、科学は、それを可能にしてしまうかも知れません。しかし、農場の法則を変更することを、世界が、自然が、我々に許すかどうか。

今のところ、科学でもってしても、農場の法則を変更することはできません。水耕栽培でさえ、土作りの代わりに、設備が必要です。

植える種によって、収穫の内容が決まります。トマトの種を植えて、リンゴを収穫することはできません。
種を植えるには、時期があります。時期をはずして種を植えても収穫はできません。
収穫するには、時間が必要です。最低でも2ヶ月、果物なら、数年が必要です。待たねばなりません。
天の動きを知り、天の恵みに感謝することも大切です。

『7つの習慣』でこれを「農場の法則」というのは、農業を説きたいのではありません。この法則が、万事につき「成功の法則」そのものだからです。

「日々、自分を磨く→ミッションを持つ→日々の行動→成功」というプロセスは、どの成功哲学でも共通しています。これは、成功哲学と言わずとも、人類が古来より美徳としてきた世界共通の生き様です。

文明が進歩しても、科学が進歩しても、農場の法則は昔から変わっていません。

農場の法則は、種で収穫が決まるという点で、仏教で説く因果の法則に似ています。原因があって、結果がある。逆に言うと、今の状況には、必ず原因があるという考え方です。

しかし、生まれつき障がいを持っていたり、差別される環境に生まれていたりすることに、どんな原因があるのか。それは、本人が悪いということなのか。その説明ができないので、輪廻転生を説き、前世の因縁だという説明も試みられますが、仮にそれが真実だとしても、今を生きる私たちには検証しようもないし、どうすることもできません。

ただ、この世の中、何をどう見ても、原因がないのに結果が生まれる事象は見られません。もし、原因なしに出来事が生じるなら、私たちは、この世の中を生きていくことが困難になってしまいます。

「生まれつき」とか、「自分の力でどうしようもない状況」にも、なんらかの原因はあるのでしょう。しかしそれは、本人が悪いという話にはなりません。もし、私が彼らにたいして、自分で原因を作ったのだから自分が悪いのだと考えるなら、私が私に対して、自分をおとしめる原因を作ってしまうでしょう。

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