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[324]農場の法則と問題解決

  

 

因果の法則は、現在の状況にも何らかの原因があったと考えます。現在、自分の努力でどうにもならない状況を抱えている人にとって、その原因とはどのようなものであったか。前世で人を苦しめたから今苦しんでいるのだと考えるのは、あまりに安易です。

それは、刑事事件を起こして刑務所に入るような発想です。

今、苦しんでいる人は、何かの「罰」なのでしょうか? だったら、そうでない人々には、関係のない話です。ほっておいたらいいでしょう。

はたして、そうでしょうか? 苦しんでいるということは、罰ではなく、解決すべき問題を社会へ提示していると見ることはできないでしょうか? だったら、その当事者は、社会を良くしようとして、自らしんどい役目を買って出ていると見ることはできないでしょうか?

もしそうなら、そうでない人々は、感謝するべきでしょう。

因果の法則というと、現在起きている問題の原因を過去へ求めようとします。無意味だとは言いませんが、問題解決は、未来です。その問題を解決するという種を蒔かねばなりません。

もし、問題の原因を過去へ探ろうとするなら、その答えはおそらく、「世界を救うため」です。今問題が生じているのは、罰なんかではなく、世界の問題を顕わにし、その解決へ人々と取り組んでいくためだと考えた方がいいです。そうでないと、未来へつながりません。過去の悪事の罰だと考えるなら、どうやってそれを未来へつなげていきますか?

未来へつながらない解釈は、間違いです。現実ではありません。現実は、どこまでもつながっていきますから。

農場の法則は、その点、因果の法則よりも、未来へフォーカスされます。この収穫は、なんの種だったかと考えてもあまり意味はないでしょう。未来へ向けて、種を植える。そこへフォーカスされるはずです。

もし私が、問題を抱える人に無関心でいるなら、無関心という種を植えてしまいます。するとその収穫は、私の問題も無視されるということでしょう。

私たちは、皆が皆、良い世の中を望むはずです。

ならば、そのような種を植えようではありませんか。すなわち、自分の問題であれ、他人の問題であれ、真摯に取り組もうではありませんか。

その収穫は、すぐにはできません。時間が必要です。その間、成果がなさそうに見えるかも知れません。植物の生長は、はじめチョロチョロ中パッパです。スタートはゆっくり、後半は加速です。つまり、種を植えて、一生懸命努力しても、当面は何も変化がなさそうに見えるものです。そのとき、ああダメだったとあきらめれば、それまでのことです。

なにも変化がなさそうに見えても、じっと、精進を続ける。すると、ある時点でブレイクスルーが生じます。収穫が見えてきます。ブレイクスルーは、数カ月後かも知れませんし、数年後かも知れませんし、数十年後かもしれません。

私が作りたいと考えているインターナショナルスクールは、問題解決に対する「種まき」に相当します。それは、とても重要です。種によって、収穫の内容が決まりますから。

私たちは、間違った種を植えがちです。「間違った」というのは、本人が望まない収穫につながるような種という意味です。リンゴの実と、リンゴの種は、あまりに違います。あの種を見て、リンゴができるとは想像できないので、違う種を植えてしまうのです。

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