平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

モモナナじぇーぴー

メイン
創造の力

創造の力

[326]日本のトイレと、インドのトイレ

  

 

世界は、無限に多様です。私たちが普通だと思っていることでも、別の人々から見ると、奇跡に見えることがあります。

日本は、たぶん、世界一トイレにこだわる文化を持つ国でしょう。

女性がトイレで用を足すとき、いわゆる「音」がするのを恥ずかしがります。美しいメロディーを流すことで、「あの音」を聞こえないようにすることができます。そのような商品が開発され、「音姫」という名前で売られています。日本以外では、そのようなことを気にする人がいないので、商品化しようというニーズさえないようです。あら、おくゆかし、やまとなでしこ。

そして、機能てんこもりの日本トイレはますます極限をきわめようとしています。脱臭、乾燥、暖房便座、室内暖房、便器の自動洗浄や音楽再生。操作もユニバーサルデザインの観点から本体ボタンからリモコン操作式に変わりつつあります。便器の前に立つと、自動的に便座カバーが上がり、便座から立ち上がると自動的に水が流れ、便座が自動的に閉まります。

男性用小便器もすごいです。便器の前にいる時間をセンサーが検知し、尿量を推測し、最適の水量で便器を洗浄します。さらに、次の利用者が来る時間を推測し、自動的ににおいが出ないよう、事前に洗浄がなされます。

すごいぜ、やるぜ、日本のトイレは世界一!! そりゃもう、外国人は目が点になるはずだわさ。

ところで、なんで日本のトイレって、こんなにすごいんでしょう?

日本人は、昔から、清潔意識が高く、まわりの人を気にかけ、排泄を毛嫌いするどころか大切にさえしてきました。人間のし尿は、貴重な肥料だったわけですし。いっぽうで、におい、音、不潔などへ細心の注意を払います。そして、節水や節電も関心を持ちます。

江戸時代、日本の都市の清潔さに外国人が感動したといわれています。

日本人のそのような伝統が、現代の究極のトイレを実現したのでしょう。自動的に便座が開閉したり洗浄したりするのも、めんどくさいということではなく、用をたした手でボタンや設備をさわらないという「究極の清潔感覚と他人への配慮」が、なせるわざではないかと思います。

私たち日本人は、このようなトイレに恵まれた暮らしができて、先人たちの伝統に感謝しなければいけないでしょう。

というのも、たとえば、インドでは、大都会のスラム街では、多くの人がトイレのない生活を送っているのです。スラム街といえど、経済大国インドの大都会です。携帯電話やテレビを買うことができ、ふつうに所有しているのに、トイレがない。

http://www.cnn.co.jp/fringe/35022226.html
「テレビや冷蔵庫はあってもトイレがない 経済大国インドの現実」

日本人に、想像できるでしょうか?

都市なので、そこら辺で用をたすというわけにいきません。人々は毎朝、線路脇に集まり、用をたすそうです。都市にあって、土があって草むらがあるのは線路脇ぐらいということのようです。インド人の53.2%は携帯電話を持っているが、その一方で、トイレ付の家に住んでいるのは46.9%と半分を下回るそうです。

もし、日本人がそのような環境に住んでいたとしたら、40年間も毎日線路脇で用をたし続けるでしょうか?

あり得ない。ぜったいに。

前へ前へ  TOPTOP  次へ次へ