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[327]トイレがある幸せ

  

 

前回、多くのインド人がトイレのない生活を送っていることを紹介しました。

http://www.cnn.co.jp/fringe/35022226.html
「テレビや冷蔵庫はあってもトイレがない 経済大国インドの現実」

もし、日本人がそのような環境に住んでいたとしたら、40年間も毎日線路脇で用をたし続けるなどということは、ありえません。

日本では、介護用の室内トイレもあります。線路脇へ苦労しながら用をたしに行くくらいなら、自分の家の中にトイレをつくって用をたし、その内容物をケースに入れて線路脇へ置きに行くことを考えるでしょう。

さらに、多くの人が毎日線路脇で用をたしているなら、お互いに声を掛け合い、迷惑にならないところへ穴を掘り、壁を作って仮設のトイレを作るでしょう。

じっさい、阪神大震災時、家をなくした人々が近くの学校で避難生活を始めましたが、水道が壊れて、水が出ません。水洗トイレは使えません。つまり、おおぜいの人がいてもトイレがないという状況が大都市で生じました。

1日か2日もすると、避難所の中で人々が声を掛け合って、校庭の隅に穴を掘り、トイレを作りました。これにより、排泄をがまんして体をこわす心配がなくなりました。校庭のトイレへ行くことに苦労する高齢者には、だれかれとなく、手をさしのべて、助け合っていました。

日本人は、トイレのない生活をがまんしません。どうにか工夫します。方法は、いくらでもあります。トイレに関する多様な知恵をはぐくんできたのは、まさに日本の伝統です。

インドには、そのような伝統がないのでしょうか? 日本のような伝統はないようです。だから、苦労しています。しかし、彼らも、トイレがいかに大事か、身にしみています。人間の尊厳であるとも。

日本人には、あまりに当たり前すぎるので、スルーしてしまうかもしれません。私たちは、彼らを助けてあげられるのではないでしょうか?

トイレを作ってあげるのではありません。トイレに関する多様な知恵を差し上げるのです。自分たちにどのようなものが必要で、どうしたいのか。彼ら自身が考え、形にしていく。それは、価値の創造であって、まさにビジネスではないでしょうか。

「支援」ではありません。一方的にモノを差し上げるのは支援です。そうではなくて、知恵を差し上げるのは、ビジネスです。知恵は、価値を創造します。彼らがトイレビジネスを起こし、日本人が知恵で支える。その知恵を日本人が出し惜しみするのではなく、いくらでも差し上げる。知恵そのものは、価値がありません。知恵が、しかるべき人々に、しかるべきところで、しかるべきタイミングで、しかるべき形で活用されてこそ、価値を生じます。

知恵の出し惜しみは、競争原理の権化です。

インドのトイレをテーマにしましたが、このような視点は、無限にあり得ます。逆に、日本人が知恵を頂くことで、あっけなく問題解決できるケースも多々あるでしょう。

そして、トイレの問題は、単にトイレの問題ではありません。衛生状態の改善は、健康につながります。プライバシーの改善は、人間の尊厳を回復します。当然ながら、仕事や生活における生産性が向上するでしょう。トイレは人間の基本であるからこそ、あらゆる波及効果をもたらすと期待できます。

まさにこれが、私の考えるインターナショナルスクールの構想なのです。

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