平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[331]世界を救うものは世界を破壊する

  

 

世界は、世界を救うという原理で成り立っています。だからこそ、世界には至るところに絶え間なく破壊が生じるのです。そもそも破壊がなければ救うことができません。

世界を救うという原理は、すなわち、いつでもどこでも破壊があり、破壊が尽きることがないことを意味します。破壊を見れば、絶望かも知れません。じっさい、世の中に絶望している人もおおぜいいます。

かたや、「救う」という面を見れば、世界はなんと美しくすばらしいものでしょうか。この世界はパラダイスではありませんか。

神や仏の国、天国とか極楽浄土とかいうものは、遠いどこかにあるのではなく、まさにこの世界そのものであって、救うという世界観なのではないでしょうか。神や仏の「仕事」は「世界を救うこと」です。

「世界を救うこと」は、神や仏の仕事であって、我々とは関係ない、と考えて生きることもできます。かたや、世界を救うことが自分の仕事だと考えて生きることもできます。世界の偉大な成功を成し遂げた人は、何らかの意味でこのように生きてきました。

世界を救うことは、「わしは偉い!」と威張ることではありません。それは救うのでなく、破壊です。

日本にはすばらしいことわざがあります。
「実るほど頭(こうべ)を垂(た)れる稲穂かな」

世界各地に伝わる昔話では、神や仏が、みすぼらしい身なりをして現れ、泥まみれになって人々を救うといったストーリーが多くあります。そして、現実に創造的な成功をおさめた人の多くは、不遇の日々を堪え忍んだ経験を持っています。

20世紀の科学は、人々を救ったのでしょうか? 破壊したのでしょうか?

答えは、もちろん、その両方です。科学は、世界中の人々の問題を解決し、豊かさを与え、社会を広げ、世界を大きく救いました。そしてまた、あらたな問題をたくさん生じ、今までになかった新たな破壊をもたらしています。

だったら、プラスマイナス、ゼロじゃないか。科学などあってもなくても同じじゃないか。そう考えるのは、屁理屈ですよ。人間、どうせ死ぬのだから、生まれてこなくてもいいじゃないっすか。

そうじゃないでしょ。生きることに意味があるでしょ。良い人生とか悪い人生とかがあるわけじゃなくて、ある人が、精一杯人生を生きた。そのことに大きな意味があるんでしょ。

科学がいいか悪いか。そんな判定は無意味です。救うことと破壊とは、裏表なのですから。でも、解決する(救う)ことで生じた問題(破壊)は、当初の問題と同じではありません。成長や発展の結果として生じた問題なのです。だから、次なる問題が生じる時には、成長がもたらされているのです。

競争原理は、破壊にフォーカスします。つまり、他の何かを破壊する(奪う)ことで、自分が何かを得ると考えます。だから、まずは破壊しようとします。世界を救うという創造原理は、解決にフォーカスします。つまり、破壊(問題)を解決しようとします。もちろん、その結果として、別の破壊(問題)を生じます。だからこそ、また、解決するのです。解決をずっと繰り返します。同じことを続けるのではありません。解決とは、成長です。成長が、世界の原理なのです。人間は、成長の瞬間に、最大の幸せを感じるのです。

世界を救うという創造原理は、世界から問題をなくすことを実現するのではありません。今ある問題をなくすことは、実現できるでしょう。しかし、必ず、新たな問題が生じます。

それこそが、創造原理の肝心であって、世界の核心です。

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