平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[333]我が人生、どたんばへ

  

 

私は、都会で生まれ、都会で育ち、1992年、28歳の時に童仙房という田舎へ移住しました。当時は、バブル経済の余韻が残る時代で、田舎も活気があり、人々はそれなりに暮らしていました。

しかし、2000年ごろからぐんぐんと衰退が目に見えて進むようになり、2005年ごろから、衰退と言うより、崩壊といった方がいいような状況に突入しました。2010年ごろにかけて、田舎の経済はほぼ壊滅状態に向かいました。2010年ごろからは、次のステージへ進んでしまったように思います。すなわち、消滅不可避とでもいうような状況です。子どもがいなければ、未来は絶えます。子どもを産む親が激減すれば、消滅が確定したと言っても過言ではないでしょう。今はまだ消滅していません。しかし、未来において、確定しています。

これは、日本中の田舎でほぼ同時に進行しています。私は「2010年問題」と言ってもいいのではないかと思っています。

田舎に住んでいても、会社や役所に勤めていれば、さほど生活に影響を受けずにいます。が、地元で仕事をしている人たちは、すっかり弱り果ててしまいました。

私も例外ではありません。急速に生計を立てることが厳しくなっていきました。インターネットで知り合った関東のOLと、1999年に結婚して以来、4人の子に恵まれました。末子は2008年生まれです。

私は事態を打開すべく、試行錯誤を続け、個人輸入と個人輸出に出会い、挑戦を始めました。意外と世界を相手にすることは、難しくはありません。なんとかかんとか、それなりに売上を増やしつつありました。外国人と知り合い、交流することは、思ったより簡単です。それに、なんといっても、楽しいです。

このまま、輸出入を本業としてがんばっていこうかと奮闘しているさなか、ふと気づきました。

仮に、わが家が経済的に成功し、余裕を持って暮らせるほどの収入を得たとしても、地域が消滅したら、どうなるのだろう?

とうに気がついていたことですが、見ないふりをしてきた問題です。もう、避けては通れません。2011年春です。

家族会議を繰り返しました。父親として、夫として、妻や子を危険にさらすわけにはいきません。田舎をあきらめて、都会へ出て、会社へ勤めるというのが、ふつうに良い選択肢でしょう。じっさいに、地域住民の多くがそのように考えています。

私はそのように、家族へ提案しました。動くなら、早い方がいいです。

すると、どうでしょう。4人の子のうち、上の2人が、「童仙房に住み続けたい。都会には行きたくない」って、泣きじゃくるのです。下の2人はまだ幼いので、よくわからない様子です。

田舎に住み続けるというのは、きわめて厳しい選択です。子どもたちがそう言うからといって、それでいいのか?

もし、田舎に住み続けるとしたら、地域が存続することが両立しなければいけません。そんな可能性があるのだろうか?

私はどうなっても良い。最終的に妻と子を守れたら、それでよい。そのように割り切ってみると、腹も据わってきます。そしてまた、妻も、子どもたちに賛成の様子です。田舎が好きだという安易な思いではなく、都会へ逃げたとして、何が解決するのだろうか?という疑問です。

田舎の問題は、少し遅れて、日本中を覆うように思えます。逃げるという選択も大切ですが、逃げることで、解決がもたらされるのか?

子どもたちは、まだまだ長い人生があります。子どもたちにとっての最善の選択とは、何だろう?

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