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[334]どたんば哲学

  

 

田舎に住むわが家は、急速に進む地域の衰退にまきこまれました。もはや、生活が成り立ちません。かといって、わが家の生活を成り立たせたとしても、地域が消滅しては、生きていけません。

私は、都会へ脱出することを家族に提案しましたが、子どもたちが、泣きじゃくって反対しました。思ってもみなかった反応でした。

私は、それ以前に、地域活性のために考えられることを何もしてこなかったわけではありません。むしろ、思いつくこと、できることはひととおりやってきました。万策尽きた、というのが本当のところです。

「村おこし」の成功事例はいくつかあるようですが、それらはいずれも、今、生活が成り立っているところへのプラスアルファという考え方です。そうではなくて、今後は、まるで生活ができない状態から多くの地域住民がふつうに暮らすことができるという成果が求められます。これは、村おこしという次元ではなく、産業の創出です。自分の仕事ではなく、多くの人が生活できるような産業を創り出す必要があるのです。

多くの田舎は、第一次産業と公共事業を基幹産業としています。第一次産業は、外国の安い商品に押されて、壊滅状態です。製造業もそれに近づいています。田舎あるいは郊外の仕事はほぼなくなりつつあります。

日本でしか作れないモノは、もはやほとんど無いでしょう。品質があまり変わらないなら、安い方がいい。消費者は、とうぜん、そのような購買行動を取ります。とうぜん、第一次産業も製造業も空洞化していきます。

公共事業は、「無駄」として削減されています。じつは、建設業は、農家の貴重な副収入という側面を持ちます。農業はきわめて変動が激しいし、生活していくのに十分な収入を確保することが難しいです。冬季に公共事業にたずさわることで、安定した収入を見込めます。それによって、農業を継続してきた農家も少なくありません。公共事業削減は、農家を迅速に淘汰しました。小規模農家が撤退し、大規模農家へ農地が集約されるという流れができましたが、それも行き詰まりです。十分な収入を得られるような売れ方をしないなら、やっていけません。

まさに、田舎は八方ふさがりです。したがって、中年以下の世帯の流出が止まりません。

ここに踏みとどまって、どうにかこうにか、できるものなのだろうか?

しかし、田舎で起きている状況は、まさに、世界の構造変化によるものです。世界が1つになりつつあるからこそ、国ごとの「差」が均されていくのです。これは、先進国は落ちていくことを意味します。ならば、都会へ出ても、逃げられないのではないだろうか。

すっかり中年となった私の人生はだんだん終点に向かっていくだけですが、子どもたちは、そうではない。逃げることができそうにないなら、未来へ立ち向かうべきではないだろうか。

私は、どたんばの、何もない状態でどうすればいいかを、研究し始めました。

成功哲学、自己啓発などの、高額な教材も買いました。書籍もかなり買いました。最先端と思われる「考え方」を様々に学ぶうち、あることに気づきました。みんな、同じことを言っている・・・

言葉は様々です。でも、多くの成功哲学は、どたんばから始まっています。そして、その時のポイントは、きわめてシンプルです。

「世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする」ということに尽きます。私はこれを「どたんば哲学」と名づけました。

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