平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[342]多様性の価値

  

 

多様性には、とてつもない重要意味があります。

20世紀末ごろから、多様性がキーワードとなってきましたが、なぜ多様性がそんなにいいのかは、あまり語られません。共存共栄、世界平和のために、なんとなく良さそうだといったところでしょうか。

どたんば哲学は、このようなものです。
「世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする」

自ら厳しい道を選択し、無謀に見える道を迷いこと無く突き進み、絶体絶命のどたんばへも突入していく。そこへ奇跡が生まれ、創造が生じます。

しかし、これは、だれもができそうには思えません。創造には特殊な能力が必要だという話をしているのではありません。皆が皆、この道をたどるなら、すでにそれは創造ではありません。あり得ないことが起きるのが、創造なのです。そして、創造がなされた後は、多くの人がその道を歩き、新しい価値を享受してこそ、創造が完結するのです。

だったら、道を拓く人と、道を歩く人が必要です。道を拓く人には、他人が拓いた道を歩くことにがまんできません。一方、道を歩く人には、他人が拓いた道以外は歩けません。

世の中、うまくできています。ごく少数の拓く人と、大多数の歩く人が、うまい具合に生まれてきます。これも、世界の原理のなせるわざではないでしょうか。

創造する人が偉いのではありません。創造する人と歩く人の両方がそろって初めて世界が成長するのです。

世の中には、農業をしたい人、工場で働きたい人、起業したい人、先生になりたい人、政治家になりたい人、官僚になりたい人、宗教家になりたい人、それぞれに個性や特性をもって生まれます。人間の社会は、とても複雑で高度です。それぞれの役目、職業をつとめる人がいなくては成り立ちません。

うまい具合に個性や特性が分かれて生まれてきます。

これも、世界の原理によって自然とそうなるのでしょうか。もし、世界の原理を想定しないなら、世界は著しく偏ることが起きても不思議はありません。しかし、いつも世界はちょうどよく動いています。

私たちは、ある職業を馬鹿にしたり、人種や民族によって差別したりしますが、世界から見ると、バカげたことです。なぜなら、馬鹿にする相手こそが、私を成り立たせ、成長させているのですから。

多様性とは、世界の成長に他なりません。多様性とは、創造そのものに他なりません。世界を救うとは、多様性をさらに多様とすることではないかと思います。

世界の問題を解決することで、さらに多様性が増進します。多様性が価値の正体ではないでしょうか。

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