平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[356]世界中心の視点

  

 

私たちは、自分を中心に世界を見ることに慣れています。すると、「私」と「私以外の存在」が区別されますし、違うことはわかるものの、関わり方についてはとても見えにくいです。そこで、私以外の存在から必要なもの、あるいは欲しいものを奪ってくるという思考になりがちです。

奪うという言葉が過激なら、獲得すると言い換えてもいいです。

ところが、私以外の人々も、私と同じように心や意志があるから、私の思うようには動いてくれません。だから、「世の中は思うようにならない」というのが現実だと考えます。自分の思うように生きるのは我が儘で、良くないことであると。

そうやって、自分の可能性を小さく小さく制約し、自ら檻に入って生きることが美徳であると考えられがちです。

ところが、21世紀には、檻に入っていると、うまく生きられなくなってきています。ちょっと前までは、檻をコントロールする存在、つまり国家や会社がそれなりに機能し、数多くの檻を調整してきたのに、いまや、コントロールを失いつつあります。

そのため、今までにはなかったような困難な問題が生じています。

やはり、私たちは、パラダイムシフトを必要としているのでしょう。パラダイムシフトとは、価値観の転換といった表層的な命題ではないはずです。天動説から地動説へといったような、私たちのよって立つ枠組みを大転換するような変化でしょう。

私は、「私中心の視点」から「世界中心の視点」への変化ではないかと考えています。個人や個性やアイデンティティを捨てるのではありません。世界中心に見るがゆえに、私中心に見ていたときより、はるかに、個人の存在やアイデンティティが強靱になります。

なぜなら、私中心の視点で、私の存在価値など見えるはずがなく、世界中心の視点で、私の存在価値がはっきり見えるからです。

たとえば、お金の値打ちを考えてみましょう。1万円札をいくら眺めていても、何の値打ちもわかりません。この世の中で、1万円札が躍動する様子を観じてこそ、1万円札の値打ちがわかるというものです。

価値とは、そのもの自体が持つのではなく、他との関わりにおいて、見出されるものなのです。私の価値は、私の中にはありません。世界との関わりの中でこそ、価値たり得るのです。

私が輝いていき、私の持つ力を余すことなく発揮するには、世界中心の視点でなければかないません。

世界中心の視点は、「世界が1つである」ということと同じ意味です。世界は無限に多様ですが、世界がバラバラであるなら、何も見えてきません。

またまた、1万円札で考えてみましょう。円という経済システムは、1つです。円というシステムがいくつかあれば、1万円札は機能しないばかりか、そもそも価値を喪失してしまうでしょう。円というシステムが1つだからこそ、無限に多様な価値を生じるのです。

世界も同じです。

世界は1つです。1つだからこそ、無限に多様なのです。無限に価値を生じることができるのです。この視点、今まで人類にとって盲点だったのではないでしょうか。

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