平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[357]1万円札の価値

  

 

世界中心の視点と、私中心の視点を説明するために、1万円札を例に出しました。

もう少し続けます。

1万円札を中心に見ていると、1万円札の価値は、そのものだけになってしまいます。
「もう少し柔らかかったら、ティッシュとして使えるのになぁ」
「印刷されていなかったら、メモ用紙に使えるのになぁ」
「正方形だったら、折り紙に使えるのになぁ」

私たちは、1万円札を、円の仕組みの中で考えています。だから、こんなバカげた1万円札の価値を考えたりはしません。1万円札は、円の仕組みにおいてこそ、ティッシュやメモ用紙をはるかにしのぐ価値があるのです。

バカバカしいほどわかりきった話ではありませんか。

なのに、私たちは、人間という存在を、世界から切り離して、自分を中心に、自分だけで価値を考えようとします。そんなふうにして見出した「私の価値」は、しょせん、ティッシュかメモ用紙程度です。ティッシュやメモ用紙がつまらないものだと言っているのではありません。ほんらい持っているはずの価値からかけ離れていることの喩えなのです。

1万円札は、そのものの価値としては、たかが紙切れです。紙切れ以上にはなりません。でも、円の仕組み、経済というとてつもない多様性の視点で見ると、そうとう大きな価値を持ちます。1万円札を何枚も、何十枚も、何百枚も、あるいはそれ以上組み合わせると、おおいなる相乗効果を発揮できます。

たかが紙切れなら、何千枚集めようと、そんな価値は生じません。

人間も、同じではありませんか。いや、人間は、1万円札の比ではありません。もっともっと、はるかに価値を生じます。

「私は価値のない人間だ」
「私はなにもできない」
「私はつまらない人間だ」

もうやめましょうよ、1万円札で鼻をかむのは。

1万円札と人間の違いは、1万円札の価値はどの1万円札も等しいけど、人間は価値のあり方がすべて異なるということです。つまり、人間1人1人が持つ価値は、代替不可能なので、数値化できないのです。

その価値は、どのように発揮されるかというと、私中心の視点では無理なのです。仕組み中心、すなわち、世界中心の視点でないと、価値があるはずなのに価値たり得ないのです。

21世紀は、私中心の視点から、世界中心の視点へと、パラダイムシフトが進むはずです。これによって、競争原理を越えることができます。

創造とは、魔法のように何かを創り出すのではなく、自分の価値を最大限に発揮することに他なりません。これこそが、生きていることの意味でしょうし、自分にとって、最大限の幸せではないでしょうか。

この、私が知らない私の価値は、かなり大きなモノです。人類の知恵が、そのことを示しています。

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