子どもたちにとって最も良い学びのあり方を求めて

モモナナじぇーぴー

メイン
ホームスクーリング実践記

ホームスクーリング実践記

[004]教えない

  

 

「どんな風に勉強を教えているのですか?」と、よく聞かれます。
すると私は、「教えていません」と答えます。
ここで、かなりの衝撃が走るようです。見ていて、愉快です。(冗談ですよ、もちろん)

勉強は、教え、習うものだと、多くの人は思っています。
でも、一般社会で、そんなことは通用しません。
学校以外で、先生が懇切丁寧に教えてくれる場はあまりありません。
たいがいは、自分で必死になって先輩を観察して学ぶか、本などで独学するしかありません。

「教えてくれない」って? 当たり前です!
世界はあなたを中心に回っているのではありません!!

なのに、学校は、手取り足取り、イヤというのも首根っこつかまえて教えます。
これは、とてもとても甘いです。

現在は、グローバリゼーションが進み、個人の責任や選択の比重が増しています。
多くの国の子どもたちは、そのようなリアルファイトの世界で育っています。
私は、競争原理を良いものとは思いません。
いちがいにグローバリゼーション=競争原理ではないはず。
自分の人生を自分で生きようとしないと、競争に巻き込まれやすくなるのではないでしょうか。

大人でさえ、自分の人生を生きていけないのに、子どもにそんなことを求めるなんて・・・
ちゃいます。逆です。
子どものうちから、レールの上を歩くから、大人になっても、人生を歩けないのです。

とはいえ、私も、学校教育で育ってきました。
大人になってから、ゼロベースで学び直したのです。
最初に就職した出版社では、自分の知識や経験が鼻くそほどの役にも立たないと思い知りました。
小学生モードでやり直しです。
大学の文学部を卒業し、スコップすら持ったことのなかったセテーボーイが、27歳で土方に入門しました。
小間使いほどの役にも立たない一兵卒からのスタートです。
田舎のおじさん、おばさんが、全員、偉大な師匠です。
だれも、学校のように教えてくれたりしません。
それでもなんとかするのが、学びなのではないでしょうか。

教えてもらうなんて、甘すぎる!!!!!
私の人生訓です。

もっとも、親の人生訓をそのまま子どもに押しつけて良いかどうかは別です。
長男が1年生の頃から、試行錯誤を重ねました。
基本は「教えない」ことです。

教材や道具や材料は、ふんだんに与えます。
書籍(かなりの量です)
分厚い参考書『自由自在』
ベネッセの通信教育
文房具類を山ほど
楽器(ピアノ、リコーダー、木琴)
絵の具、クレパス、色鉛筆、書道具、各種定規、コンパス等・・・
電気パーツ(豆電球、電池ボックス、コード、モーター、それぞれ数十個、さらに電子ペンチ、ハンダごて等)
工具(金づち、ノコギリ、釘、ドライバー・・・)
木材いくらでも
3歳になったら専用パソコン

まだまだ、いくらでも与えています。
でも、どう使うか、それが何なのか、それは教えません。

いちおう、学年を想定した教科学習を毎日進めています。一定分量を設定し、進めています。
内容は、絶えず、新しい知らないことです。
教えません。
自力で何とかする。

しんどいことだけど、心地良いことでもあります。
そう思いませんか?
思わない?
うちの子たちはけっこう気に入ってるんだけどなぁ、このスタイル。

たしかにこのスタイル、学校教育では不可能でしょう。
じゃあ、学校教育はダメなの?
そんなこと、言っていません。
今回、私が述べたことは、単なる「方法」です。大事なことは、方法ではありません。

前へ前へ  TOPTOP  次へ次へ