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ホームスクーリング実践記

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[006]偉大な生き方

  

 

そういえば、偉人伝の類がはやらないようですね。最近は、偉人伝は、読み物ではなく、マンガとなっています。

娘たちは、「世界の伝記」シリーズの学習マンガが大好きで、村の図書室から何度も繰り返して借りていたので、ヤフオクでまとめて落札しました。アマゾンの中古、ブックオフなどで、ほとんど中古ばかりですが、かなりの冊数をそろえました。

子どもたちは何度も繰り返して読んでいます。

どんな偉人も、まあ最初は凡人だったり凡人以下だったりです。幼い頃から何か1つ、抜きんでた才能をもっていた人もいますが、ビジネスで成功した人や、マザーテレサ、ガンジーなどは、とくに何ということもない、ふつうの人です。

何でもない人が、何かのきっかけ(挫折とか、障害とか)で、どうしてもそれを越えざるをえないと決意し、他の人たちの助けを得て、自己変革を遂げていく、というのが、ほぼお決まりのパターンです。

これは、神話学者ジョゼフ・キャンベルが世界の神話に共通するパターンとして見出した「ヒーローズ・ジャーニー」そのものではありませんか。世界中の映画やドラマや物語も、ほとんどがヒーローズ・ジャーニーそのものです。近年では、ヒーローズ・ジャーニーの考え方をビジネスに適用しようという試みがさまざまになされています。

ヒーローズ・ジャーニーは、すべての人が、日常において、人生において、経験していくパターンです。もっとも、障害をいつも乗り越えられるわけではなく、負けてしまったり、撤退したり、あきらめたりということも多いですが。だからこそ、乗り越えられたときの喜びや感動は大きなものがあります。それを味わうことが、生まれてきた意味、生きている意味ではないかと、私は考えています。

やはり、子どもたちに偉人伝はたくさん与えた方がよいように思います。偉人たちは、生まれつきの偉人なんかではないし、たまたまうまくいったのでもありません。うまくいくようにして、うまくいったのです。

うまくいったとか、偉人などという表現も適切ではないかもしれません。

彼らはただ、自分で自分の人生を生きた、というだけではないでしょうか。ヒーローズ・ジャーニーは、自分の人生を選択することそのものではないでしょうか。人生を選択すれば、その結果や影響として、自己変革を伴います。自分自身が変わる、自分自身が成長するということです。

私は、アメリカでもてはやされている成功哲学のたぐいを数多く学びました。そこに書かれている「すばらしいできごと」は、なんのことはない。ヒーローズ・ジャーニーそのものなのです。そしてそれは、二宮尊徳のような、日本で美徳とされてきた生き方にかなり似ています。

世界は加速しながら大きく変化しています。

そんな中、どこまでいっても変わらないものがあります。人の生き様です。

最先端を行こうと思えばなおさら、古典が重要です。わが家では、世界中の偉人伝、神話、昔話を大切にしています。子どもたちに数多くふれさせたい。

わが家では、「偉大」の定義は、「自分の人生を生きること」であり、「偉人」の定義は「自分の人生を生きた人」です。「成功」の定義は「偉大になること」です。何を成し遂げたか、いくら稼いだか、どれだけ有名になったかは、問題ではありません。

この定義に沿えば、だれもが、偉大になれます。

すると、わが家の教育目標は「偉大になること」と言い換えることができます。行政や学校がたてる教育目標とは、ずいぶん違いそうですね。

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