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ホームスクーリング実践記

ホームスクーリング実践記

[008]精進

  

 

学校では、カリキュラムに沿って、スケジュール通りに勉強を進めていきます。個人のペース、関心、能力、理解具合に合わせるのではなく、個人がカリキュラムやスケジュールに合わせます。どうしても、生徒個々人に無理が生じやすいです。

その一方、「子どもたちは本来、生まれながらにして学びたいという欲求を持っている。大人が余計なことをしなければ、子どもたちはどんどん勉強したがり、学んでいくものなのだ」という考え方があります。私の知るところでは、イギリスでサマーヒルをはじめたニイルがその実践者として有名です。

それは、魅力的な考えに見えます。その考えに基づいた実践例が多く報告されています。

この考えをそのまま実践しようとする人たちが、日本にもちらほらおられます。

子どもたちに、勉強を強いるようなことはいっさい言わず、せず、勉強しようとすまいと自由にさせておいたら、すべてがうまくいく。
(「勉強」を「経済」に置き換えて、「一切の規制を排して経済を自由にさせておいたら、すべてがうまくいく」とすれば、フリードマンの新自由主義と同じですね)

ニイルのこの考え方を「新自由学習主義」と仮に名づけましょう。新自由学習主義を強固に信じる人たちがいます。たしかに、それでうまくいくなら、きっと、子どもたちにとって最善でしょう。

かたや、「そんなバカげたことがあるはずない。子どもはほっておいたら、勉強などするものか! 幼い頃はガンガン詰め込まねばダメなのだ!」と主張する人たちもいます。ゆとり教育を批判してきた人たちは、おおむね、この主張のようです。これを仮に保守的学習主義と名づけます。

私が知る限り、オルタナティブ教育を求める人たちは、どちらかというと、新自由学習主義寄りが多く、学校教育では保守的学習主義が圧倒的です。

私は、かねてより、新自由学習主義についてはいろいろ見聞きしてきましたが、実際のところ、どうなのかは、実証したことがありません。長男がホームスクーリングを始めた当初、新自由学習主義的にやってみました。

新自由学習主義の考え方や、他の方々の実践を否定するわけではありませんが、わが家では、うまくいきません。やっぱり、何もせず、自由にさせておいたら、ほっておいても勉強するようになど、なりません。数年間、辛抱すれば、勉強しだすのかもしれません。が、貴重な数年間を無為に過ごすのが得策には思えません。

私は、保守的学習主義に舵を切りました。あ、なんだか、ゆとり教育がダメだからと言って、急に逆回転しだしたどこかの教育みたいですね。

ところが、長男は、勉強を毛嫌いするようになりました。まあ、当然でしょう。誰だって、無理強いされたら、反発したくなります。

では、第3の案・・・

勉強だけでなく、スポーツであれ、芸の道であれ、何らかのスキルを身につけるためであれ、日々、基礎訓練をしています。毎日、同じことを淡々と繰り返す。今日は気が乗らないから、などはNG。理由などいらない。気分や好き嫌いも関係なし。同じことを、1年も、2年も、3年も、あるいはそれ以上、繰り返す。『7つの習慣』でいう「第三の習慣・重要事項を優先する」がこれです。

日本では、それを特別、美徳としてきました。古典的な日本語で言えば、「精進」です。

勉強も、精進と、クリエイティブな部分を切り分けた方がよさそうです。

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