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ホームスクーリング実践記

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[010]勉強時間

  

 

学校では、勉強は時間によって管理されます。それも1つの方法でしょう。

たとえば、仕事においても、時間給、日給、月給と、時間によって評価され、管理される仕組みがあります。いっぽう、数量によって単価が設定される仕組みもあります。

具体的に考えてみましょう。ダンプカーで砕石を運ぶという仕事があります。日給で管理した場合、運転手は、積載量を少なめにし、ゆっくり運転するでしょう。急いでも、たくさん運んでも、給料は同じですから。量で管理した場合、つまり、1トンあたり300円というような管理をした場合、運転手は、積載量を増やし、急いで運転しようとするでしょう。1日に何トン運ぶかで給料が違いますから。量の管理だと、積載量オーバー、スピードオーバー、安全軽視、効率重視ということが生じやすいです。時間の管理だと、リスクは少ないが効果も期待しにくいです。

学校は、時間の管理ですから、1時限ごとの授業を充実させ、効果的なものとするのに、先生方は苦心されていることと思います。生徒は、熱心に勉強しても、ぼーっとしていても、寝ていても、1時限は1時限です。

わが家では、量の管理を基本としています。

1日に勉強する量を設定しておいて、それを何時間でやろうともかまわない。

その結果、どういうことが生じたか。さすがに、学校では量の管理は不適切でしょう。リスクが大きすぎて管理ができないでしょう。

気分が乗らないときは、いつまでも勉強が終わりません。深夜までかかって終わらないこともあります。そういう日は、1日中、だらだらと勉強しているのかしていないのかよくわからない状態が続きます。当然ですが、遊ぶ時間はありません。

気分が乗ったときや、勉強のあとで特別にやりたいことがある日などは、極端に短時間で勉強が終わります。量は、学年に応じてですが、最短で終わる場合、小学校低学年なら1時間以下、小学校高学年なら2時間程度、中学生なら3時間程度です。

学校に行っている場合と比べ、極端に短時間ですが、内容は劣りません。管理の仕方によって、極端に時間効率は変わります。

しかし、ダンプカーの運転手の話と同様、「やればいいんだろ」という、きわめてぞんざいなやり方も生じます。これは、ノートを見れば一目瞭然です。勉強したに違いないが、ただ書いただけで、何も身についていない、というような、「うわのそら」状態です。そんなとき、その日に勉強したはずの内容を問うてみます。何も答えられません。私は、「これは勉強ではない」と、ダメだしをしたこともあります。

量の管理だと、当然のように、このような問題が生じます。

けっきょく、本人の、勉強に対する意識や意欲の問題に帰結してしまいます。時間で管理しようと、量で管理しようと、結局は、意欲です。仕事においては、時間の管理でも量の管理でも、別の要因が働くこともあります。「よい仕事をしなければ、次がない。よい仕事をすれば、仕事が増える」。勉強においては、このような要因はありません。

「勉強する意欲をどうやってひきだすか?」

永遠の課題ですね。学校の先生方も、親も、教育にたずさわる皆が皆、いだく、最大の課題でしょう。

そう簡単に答えが存在するはずもありません。

もちろん、わが家でも、来る日も来る日も、夫婦で悩み、考えました。

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