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ホームスクーリング実践記

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[015]漢字

  

 

日本の総理大臣は、漢字を読み間違うと、国民から馬鹿にされます。日本人は、漢字力でその人の教養を推し量るところがあるようです。ある意味、学歴よりも漢字力の方が影響が大きいかも知れません。学歴は黙っていれば見えませんが、漢字力はさりげなく露呈してしまいます。「パソコンばっかり使っているので漢字が分からなくなってきた」という言い訳が通用する時代でもありますが・・・

オルタナティブ教育を選択している方の中には、このような言い方がしばしば聞かれます。
「おとなになるまでに小学校程度の漢字が読み書きできれば社会に出て困らない」
「やる気さえあれば、短期間で身につくので、むりやり詰め込んでも意味が無い」

無理は良くないという考え方のようです。それはそれで、1つの教育観であり、ご自身(親も子も)の選択であれば、他人がとやかく言うものではありません。

わが家の教育目標は「自分の人生を生きる」ことですから、勉強する目的は、はっきりしています。生活の安定やら、高い給料やら、いい大学に入っていい会社に就職することやら、そんなことはどうでもいいことです。生活の安定ばかり考えていれば、どんどん萎縮してしまいます。アグレッシブに生きようではないか!(と、子どもたちに語っています)

勉強するのは、社会に、世界に貢献し、それによって自分の人生を豊かに充実させていくためです。ほんらい、仕事とは、そういうものではありませんか? お金を稼ぐ営みは、誰かの役に立つか、誰かの問題を解決するか、ようするに、自分以外の誰かに貢献して、その対価であるはず。

自分中心に考えるのではなく、自分と世界をセットで考える。

わが家にとって、勉強とは、そのようなものです。

漢字は、ほぼ中国と朝鮮半島と日本でのみ使われていますが、日本の漢字の使い方は、中国とも朝鮮半島とも違い、日本オリジナルです。アルファベットを中心とする言語は、表音文字ですから、文字の数がきわめて少なく、単語も文法構造も論理性をおびやすいですが、日本語は、表音文字であるひらがな、カタカナと、表意文字である漢字を組み合わせて使うという非常に複雑な言語です。世界中の主な言語で、表意文字は漢字以外にはないといわれています。しかも、漢字は、単なる表意文字ではなく、発音まで表しているので、表語文字であるともいわれます。

日本語はその複雑性によって、世界の言語の中でも独特な文法をとりますし、文法も論理性が弱く、文字の組み合わせや用法は、無限に近いバリエーションがありえます。

アルファベット(英語)なら、たかが26文字、大文字小文字を考えても、52文字ですが、漢字は、康煕字典に収録されているのが約5万字。そのうち、日本で常用漢字とされているものだけで2136字。そのうち、小学校で習う漢字が1006字。

明らかに、日本の子どもたちに独特な負担となっています。国際化の点で、これをネガティブに考える人もいますが、私はアドバンテージと考えています。日本語は、文字も文法も、微妙な差異が複雑すぎて、論理的な言語とは言いがたいですが、それは言い換えると、英語などでは表現できない微細で豊かな表現が可能であると言えますし、言語は思考ですから、他国の人たちには及びもつかないほど、微細で豊かな思考が可能になる、というか、私たちは日常的にそうしているのです。

私たちは、この豊かな日本語をしっかり学び、高度に使いこなし、それを基盤にして、世界中のさまざまな言語、文化、価値観を学び、交流を深め、自分の立ち位置を見出していきたい。
と、子どもたちに語っています。

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