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ホームスクーリング実践記

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[027]神話

  

 

日本では神話というと、すぐに「歴史認識の問題」と置き換えられがちですが、純粋に神話は面白いです。

天皇の権威を確立するために『古事記』『日本書紀』が書かれ、利用されてきた、という意見もありますが、そこで語られる「神話」を読むと、「なぜ、これによって天皇の権威が絶対的なものとなるのか?」という疑問が湧いてきます。

だって、神様って、ひどいんだも〜ん!

イザナキ、イザナミのおしどり夫婦は、いったん愛情が壊れるとすさまじい。黄泉の国からイザナミが「お前とこの人間を毎日1000人殺してやる」と言えば、こっちの世界にいるイザナキが、「おもろいやんけ!やってみぃ!こっちは毎日1500の産屋を建てたるわい!」と言い返します。神様ですよね、あなたたち。国神とされる天照大神の親ですよね。

天照大神の弟のスサノヲは、亡くなったママに会いたくてわんわん泣いては周囲を困らせ、父親(イザナキ)が追い出すと、お姉ちゃん(天照大神)のところへ行って、さんざんやんちゃ(乱暴)をします。それで、お姉ちゃんは岩戸に隠れてしまい、世界が真っ暗となっちゃったけど、これって、人間の世界でやったら、ものすごい問題でしょ。乳離れできない息子が暴れて社会に大迷惑をかけたわけでしょ。お父ちゃん、記者会見して謝罪しないといけないのでは? 「このたびは、不肖の息子が世間のみなさまに多大なご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした」って。

スサノヲは地上へ降りて、ヤマタノオロチを退治して武勇をはせるわけだけど、その子孫がまたまたなかなかのもの。オオナムジ(スサノヲの子とも、6代目の子孫とも)の80人の兄ちゃんたちは、オオナムジをいじめて馬鹿にする。因幡国にヤカミヒメという超べっぴんさんがいるので、兄弟そろって、求婚の旅に出る。どんくさいオオナムジに荷物を全部もたせておけと、これもいじめ。遅れてついていったオオナムジ、そこにあの「因幡の白ウサギ」の出来事が。そのあとを、みんな、知ってる?

心優しいオオナムジに惹かれるヤカミヒメ。兄ちゃんたちは嫉妬と激怒。オオナムジを欺して焼き殺してしまう。お母ちゃんが天から下りてきて生き返らせてあげたら、またまた兄ちゃんたちが殺そうとする。お母ちゃん、スサノヲのところへ逃がしてやると、スサノヲはオオナムジにひどい扱いをする(殺そうとした?)。オオナムジはすべてを乗り越えて、大国主命となったわけですが、ちょっと、ひどすぎるんちゃう?神様たち。人間界だったら、いじめは犯罪です。虐待は犯罪です。殺人は極刑に相当します。

世界の宗教の中で、一神教は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教だけだといわれており、これらはすべて、旧約聖書、すなわちモーセの出エジプト(史実かどうか、微妙)から始まるわけで、世界の一神教はほんらい、1つの系譜しかないということになりそうですが、逆に言うと、世界では多神教がふつうだったはずです。一神教の神は、多神教の神と違い、絶対的な存在ですが、多神教の神は、そんなわけにはいきません。どこの国の、どんな神々も、そりゃもう、たいがいなもんですよ。いちお、神っていうけど、多くの人間はここまでひどくないです。

世界的に有名なギリシア神話の神々も、えげつないこと、いっぱいしてまんなぁ。

だいたい、ギリシアの神様のうちの3人の女神様の、「誰が一番美しいか」という争いが発端となって、あのトロイ戦争が始まったんでしょ。あかんやん、そんなくだらんことで戦争したら。いっぺん、神様に、説教したらんならんわ、ほんまに。

トロイ戦争を舞台とした、紀元前8世紀(日本では縄文時代)のギリシア人ホメーロスの英雄叙事詩『オデュッセウス』『イーリアス』は高校の世界史で名前だけ習います(内容には触れないでしょう)。めちゃくちゃ、おもしろいですよ、これ。日本のアニメのいくつかは、これらをモデルにしているのではないかと思ったりもします。でもね、日本の子どもたちが読もうにも、『岩波少年文庫 ホメーロスのイーリアス物語』や小峰書店の『英雄オデュッセウス』などがあるだけですね。かつては、岩波書店が『イーリアス物語』『オデュッセイア物語』をハードカバーで出していました(絶版)し、いくつも翻訳がありました。わが家には、岩波のハードカバー版と小峰書店の絵本があります。長男が小学生のときに読んで、とても面白いと言っていました。

インドの古代叙事詩『ラーマーヤナ』『マハーバーラタ』も、高校の世界史で習いますが、内容には踏み込みません。神話といっていいものです。インドだけでなく、東南アジアに広く知られるお話です。面白いんですよ、これ。ところが、日本の子どもたちは読めません。子ども向けといえば、第三文明社から新書版で『ラーマーヤナ』『マハーバーラタ』がありましたが、絶版です(わが家にはあります)。大阪千里の国立民族学博物館に、ラーマの像があるのを見て、「『ラーマーヤナ』だ!」と子どもたちが大喜びしていました。

神話は、史実でないからこそ、人間社会の制約を超えて、豊かに人間模様を描き出します。あえて、人間の泥臭い面、いやらしい面、汚らわしい面、それらを担う役割があります。私たちが「人間の姿」を直視し、悩み、考えて豊かに生きるための、重要な手立てだと思います。

旧約聖書においても、神をそこなうことはできなくとも、神から連なる人間たちの系譜の物語は、世界中で見られる神話に通じるものがあると思います。

愛すべき神々の世界。つまりそれは、私たち自身のことです。ちなみに、神話が政治利用されるのは、人々が神話を読んでいないからではないでしょうか。みなが神話に親しめば、どうやって政治利用などできるでしょう?

わが家で、神話をいかに大切にしているか、伝わりますでしょうか。

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