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ホームスクーリング実践記

ホームスクーリング実践記

[034]受験

  

 

わが家は、今のところ、受験は無縁です。今後、子どもたちが望めばあり得ますが。

ホームスクーリングから受験という路線変更は不可能ではないか?という意見もあるでしょう。たしかに容易ではないでしょう。学校教育で受験が大変なのと同程度に。

最近では、中学受験をさせる家庭が非常に増えました。全員が公立中学校にいけるキャパが社会的にありながら、あえてそうではない中学校を選ぶのですから、おおむね、厳しい試練となりがちです。それほど、公立中学校を嫌うのだろうか???

公立高校や、大学入試センター試験のように、一律の入試問題は別として、各学校が個別に作成する入試問題は、偏差値だけで考えるべきではないでしょう。そこの部分、じつはホームスクーリングのあり方と、通じるところがあるように思います。

中学校であれ、高校であれ、大学であれ、入試の競争が厳しい学校では、入試問題にその学校のメッセージを見出せるものです。ただ単に、成績の優秀な生徒をほしいというだけでなく、「わが校はこのような教育を目指しており、このような資質や意欲をもった生徒に来て欲しい」というメッセージです。だから、入試でそのような「資質や意欲」を同時に計ろうというような設問を見ます。とくに、難関校であるほど(競争が激しいほど)、その傾向があるようです。競争が激しいということは、学校が思うように生徒を選べるという意味でもありますから。

学校のカラーとか、特色とか、教育理念は、どこも同じではありません。同じなら、学校を選ぶ理由は偏差値と立地場所ぐらいしかありません。そうではありません。もっとも、少子化の進む現在では、学校が生徒を選べない、すなわちどんな生徒でも来て欲しいという学校も多数出てきているようです。すばらしい学校生活を送り、立派な人間に成長していくということと入試の難しさとは、特段の関係があるわけではありませんが。

ただ、難関校が発するメッセージを意識していないように見える受験生(とその親)が多いようですので、わが家と重ねて、ちょっとコメントを。

受験に際しては、志望校の過去問を必ず早い時期にやっているはずですね。過去問をやっていない、あるいは受験が近づいてからやってみるという受験生はいないはずです。数年分の過去問を通してみれば、メッセージを読み取れるはずです。そのメッセージは、学校によって異なるはずです。志望校がいくつもあると、対応しきれないでしょう。自信がないのでたくさんの学校を受験するというやり方は、よけいに成功を遠ざけます。

大事なことは、その学校が発するメッセージに共鳴できるかどうか、です。共鳴できないなら、志望校を変えた方がいいです。たとえ合格しても、「この学校は自分にあわない」とか「何か違う」とか、そんな違和感を抱き続ける可能性が高いでしょうから。でも、そもそも、そう簡単に合格できないでしょう。

その学校のメッセージに共鳴できるなら、しめたものです。メッセージは、価値観とか、「私のあり方」という次元に沿うものですから、効率的に対応できるものではありません。毎日毎日、日常的に、そのことが心にあるような状態。家庭にあって、親子でいつもそんなテーマの会話が行われている状態。ニュースを見ても、身近な出来事でも、いつもそのテーマで感じ、考えているような状態。それには、親もそのメッセージを受け止め、理解し、共鳴し、子どもと共有できれば理想的です。

そうなると、受験勉強はかなり進めやすくなるでしょう。記述式の問題も、怖れる必要はありません。作文や意見文も、メッセージに沿って、いつもいつも思考訓練しているとおりに、すなおに表現すればいいです。面接も、そのメッセージに沿って、行われるはずです。

メッセージの強い学校で、とおりいっぺんの試験勉強をしても、それだけでは不充分なのです。反対に、メッセージとともに考え、過ごしていれば、学校の求めるものと、自分が近づいていくはずで、合格がぐっと引き寄せられます。

もちろん、メッセージにこたえるだけで合格できるはずはなく、それなりにしっかり勉強しないといけませんが。

メッセージを受け止め、常に考えていくのは、「物語の力」がものをいうはずです。受験だけでなく、就職でも同じことが言えそうです。もしあなたが試験官なら、「どこでもいいから、入れるところに行きたい」という人と、あなたの志に深く共鳴し自ら行動する人と、どっちを選ぶでしょうか? どちらも同じでしょうか?

そもそも、志望校に合わせるのではなく、「私はどうありたいか」が先にあって、それに近い志望校が見えてくる、というのが理想だと思います。

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