子どもたちにとって最も良い学びのあり方を求めて

モモナナじぇーぴー

メイン
ホームスクーリング実践記

ホームスクーリング実践記

[036]私は日本の紳士だ

  

 

明治時代に、岡倉天心がボストン美術館から招聘を受けて渡米しました。羽織・袴で、勇んで歩いていたその時、若いアメリカ人が冷やかしました。「おまえたちは何ニーズ? チャイニーズ? ジャパニーズ? それともジャワニーズ?」。天心答えていわく「我々は日本の紳士だ。あんたこそ何キーか? ヤンキーか? ドンキーか? モンキーか?」と流暢な英語で言い返しましたとさ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/岡倉天心

"What sort of nese are you people? Are you Chinese, or Japanese, or Javanese?"
"We are Japanese gentlemen. But what kind of key are you? Are you a Yankee, or a donkey, or a monkey?"

かっこいい〜! このぐらい、言ってみたいもんですね。いや〜、痛快、痛快!

海外の人が日本人をリスペクトするポイントはいくつかありますが、私たち日本人があまり意識しないのが、「なぜ日本は植民地にならなかったのか?」ということです。日本の学校教育で、日本史、世界史をならっても、スルーされてしまい、なかなか気づきません。

日本史で習いますね。1543年、種子島に鉄砲伝来。1549年キリスト教伝来。この時期は、スペインやポルトガルなどがアジアや南米を次々と植民地にしていたのです。日本に来たのは、何の目的? 結局、アジアのほとんどは欧米の植民地になったのに、日本は独立を保ちました。ここらは、学校であまり習わない部分です。

フランシスコ・ザビエルがキリスト教を伝えたとき、日本人のふつうの農民たちが、仏教をもとに宗教問答(素朴な疑問だと思いますが)を次々と挑み、ザビエルは精根尽きて本国へ戻り、「日本に神父を派遣するときは、よほど学問のある神父にしてほしい。でないと、日本人に打ち負かされてしまう」と言ったそうです。このへんの話は『聖書と「甘え」』(土居健郎、PHP新書)にあります。

ふつうの日本人になぜこんなことができたかというと、日本の仏教は、インド由来の単なる輸入思想ではなく、日本人が作り直した「日本人にマッチした」信仰だったからだと考察されています。日本人の「作り替える力」は、古来の伝統的な力です。

種子島にぐうぜんたどりついた鉄砲をもとに、あっという間に、日本人は自分たちで鉄砲を作るようになりました。これでは、スペインやポルトガルもおいそれと手を出せません。

幕末も、危機でしたが、日本は欧米諸国が驚くスピードで欧米の技術を取り入れ、自分たちで作り替え、自分たちの技術としていったことが、植民地化をまぬがれた理由の1つではないかと、思います。(そのような見解を述べている人は少なくありません)

異質な文化や技術を学び、マネするだけでなく、自分たちの手で、自分たちの文化や技術として作り替えてしまう。日本人の、日本人らしさたるゆえんではないでしょうか。異質なものとの出会いは、勝つか負けるか、ではなく、学びの場だというのです。

このようなあり方は、戦後の経済発展もそうでしょう。

マレーシアのマハティール元首相の「ルックイースト(日本に学ぼう)政策」は要するに、日本人の学びの精神への注目ではないかと見えます。

英語について考える前に、日本語の豊かな敬語表現をもっともっと大事にしたいです。尊敬を表す敬語表現は、他の言語にもいくぶん見られますが、謙譲表現は日本語のようなものはないと言われます。謙譲表現が、じつは日本らしさの鍵ではないかと考えています。というのも、アメリカの成功哲学の中には、どうみても「謙譲」を説いているとしか見えないものがしばしば見られますが、英語に謙譲をあらわす概念がないため、非常に複雑で多量の論説が必要となってしまいます。

学ぶということは、自分が相手より上だと思っていてはできない行為です。相手と対等でもできません。相手より一歩下がってこそ、素直に学ぶことができるのです。まさに、謙譲の精神です。

謙譲の精神は、卑屈でも自虐でもなく、ある意味、最強でかつ最も効果的な「力」ではないかと思っています。そして、日本の伝統文化は、どのようなものであれ、謙譲の精神がなんらかの形で脈づいているように思えます。

英語を学ぶとき、なおいっそう、わが国の文化や心をだいじにすることが、コミュニケーション力そのものではないかと思います。

「私はすばらしい伝統文化をもつ日本人である。私たちは、いつもいつも、他国から学んできた。あなたからも学ばせていただきたい。もしあなたが望むなら、私が知っていることをあなたに差し上げたい」

前へ前へ  TOPTOP  次へ次へ