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ホームスクーリング実践記

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[047]書いてはいけない不登校の眞実

  

 

私は独身時代、不登校に強い関心を持っていました。自分に子はいなかったのですが、学校教育で育ってきた私にとってに疑問は、なぜ「不登校」(当初は「登校拒否」と呼ばれていました)が存在するのか。私が子ども時代は、不登校も登校拒否も皆無でした。学校に行かないという選択肢は存在しませんでした。あるときから、登校拒否という事象があらわれ、それは本人の心に問題がある「病気」のようなものである、と解されていました。

病気であるなら、その「原因」がなにかしら、あるはず。それより以前には存在しなかった「病気」が新しく出てきたのですし。

何人もの学者さんが、「登校拒否という病気」の解明に取り組んでいました。「登校拒否」は「症例」によって分類が可能である、というようなことは明らかになっていきましたが、「治療」には踏み込めないようです。しかし、「登校拒否」を逸脱とされた当事者たちは、世間から白い目で見られ、大変なご苦労をされていました。

1992年に文部省(当時)が「不登校は誰にでも起こりうるもの」と認識を転換したことは、一大転機でした。このころから、「登校拒否」ではなく「不登校」という呼称が定着してきました。不登校は、病気ではなく、逸脱でもなく、「ふつうのこと」と国が認めたのです。

私は、不登校のさまざまな集まりや、いくつかのフリースクールに顔を出し、個人的にも何人かの不登校児(その家庭)と交流し、じっさいに当事者と話したり活動したりすることで、確信しました。不登校の多くは、治療すべき病気ではありません。

不登校事例の中には、いじめや、担任の心ない言動など、原因がはっきりしている場合もあり、そういうケースは、その原因さえ除去すれば、今まで通りふつうに学校へ行けるようになることもあります。

しかし、不登校の多くは、「原因不明」です。これは、今も変わりません。行政や学校も、「原因不明の不登校」にはやや距離を置くというスタンスをとることが多いようです。というか、何かをしようにもどうにもできない、というか、何かをしようとすればするほど、こじれてしまう、といった方がいいかもしれません。

そして、不登校事例のうち、「原因不明」が圧倒的に多く、対処可能な不登校事例は不登校のうちの氷山の一角にすぎないのです。毎年、不登校に関する統計データが出されますが、そのなかの大半は、行政も学校も関与できない、あるいは関与しかねる、あるいは関与している形を作るのが精一杯というのが実情です。

行政や学校が言う「関与」とは、「どんな形であれ(保健室登校、断続的な登校も)、学校へ行くことを勧める」ことになります。または、登校を勧めなくても、接触を持ち続けるということも関与のうちです。

私には、「原因不明」のケースの原因について、ずいぶん以前から、察しがついています。いや、じつは、オルタナティブ教育の関係者のかなり多くの人は、気づいていると思います。

ここからが、本題です。じつは・・・学校教育の現場で奮闘されている先生方の多くも、気づいているのではないかと見られます。教育委員会や児童相談所などで、学校現場を経験されていない方は、気づいていないかもしれません。

多くの人が、気づいているのに、気づいていないことにしている。教育関係者でも、現場にかかわらない人は気づいていないままで、気づいている人と気づいていない人が、混在している。というか、気づいていない人が、気づいている人を管理・監督する立場にある。

気づいている人も、気づいていると言ってはいけない。なぜなら、パンドラの箱を開けることになるかも知れないから。

たぶん、文部科学省は気づいている。親も子も、気づいている(感じている)人と、そうでない人がいる。そうでない人も、不安は感じているかもしれない。その不安の元は、そこにあるかもしれない。

「原因不明」はじつは、不明ではない。「原因不明」は原因の呼称であり、原因について知っている。知ってはマズイので、みんなで、「わからないよ」と言っている。

【手がかり】
不登校は誰にでも起こりうる→学校教育全体が、不登校の原因を共有している
学校が関与できない→関与できない状況があることを知っている
昔はなかった不登校が、今は多い→子どもが変わったのではない、世界が変わったのだ
フリースクールの存在を認めている→学校教育は絶対ではない
みんなで知らないことにしている→現状を変えることは容易ではない
不登校が市民権を得つつある→幕末の薩長のごとし・・・

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