子どもたちにとって最も良い学びのあり方を求めて

モモナナじぇーぴー

メイン
ホームスクーリング実践記

ホームスクーリング実践記

[051]変な趣味を持つ社会

  

 

日本では(というか世界的な傾向ですが)、とくに製造業で従業員の非正規雇用化を押し進め、法改正へも働きかけを強め、大幅な経費削減と、国際競争力の強化を実現しつつあります。そのいっぽう、国内では、とくに若い世代での貧困化が加速しています。

そして、どうなった?

国内で、とくに若い世代向けの商品が、売れにくくなってきています。とくに、自動車などの高額商品ほど、若者が離れていっています。

どうして売れないんだろう?って?????

そりゃそうでしょう。あなた方が客の購買能力を低下させたんでしょう? あなたがたが望んでそうしたんでしょう?

典型的な例なので、製造業界を挙げましたが、このような傾向は、社会のすみずみに見られるようになってきました。個人でもそうです。会社、組織、団体、国家、政治、経済、どこをみても、こういう摩訶不思議な行動が見られます。

自分が望まないこと、自分が不利益になることを、一生懸命実現しようと行動しています。これって、マゾヒスト?

このような傾向は、1990年ごろまでは、そう目立ちませんでしたが、最近は年々、エスカレートしているように見えます。

学校教育もそうです。古生代の遺物のような「社会性」に固執して、わが子を非正規雇用路線へ駆りたてている、と、指摘したら、キツイでしょうか?

これは、社会全体がマゾヒスト化しているのではありません。じつは、各々の行動は、あまり変わっていないのです。変わったのは、世界のパラダイムなのです。製造業が、経費削減をめざし、競争力を高めることは、もっともな話です。しかし、その「もっともな行動」が、最も大事な顧客を破壊する行動となっていることには、なかなか気づかないようです。顧客が逃げるのではありません。そもそも顧客そのものを破壊してしまうのです。それも、顧客から恩恵を受けていたその企業自身の手で。

なんと、皮肉なことでしょう。そして、怖ろしいことでしょう。他者が攻撃しかけてくるなら、対応はやりやすいでしょう。自分が自分を攻撃する、自分が自分を破壊するなら、いったいどうすればいいでしょう?

グローバル企業もそうです。ある程度自分たちの戦略を進めていくと、業績が拡大していきます。しかし、どこかで、行き詰まりがきます。具体的な企業名は控えますが、そのような行き詰まりが来た企業をよく観察すると、自分で自分の不利益になるような戦略をとってきたことが見えてきます。ライバル企業に負けたのでもなく、運が悪かったのでもなく、わざわざ自分自身を破壊するような戦略を自分自身がとっています。

国家が機能していた時代には、国家が責任を持って社会の仕組みを構築し、それにそって行動すればよかったのですが、グローバリゼーションが進むと、国家が機能しにくくなり、各々が自己責任で行動することとなっていきます。責任というからには、自分でまいた種を自分で収穫することになります。

これを『7つの習慣』のスティーヴン・コヴィーさんは「農場の法則」と呼んでいます。日本人なら「因果の法則」でしょうか。ふつうの感覚ですね。ところが、国家が機能していると、国家が緩衝装置となり、ダイレクトに因果の法則を受けずに済んでいました。

因果の法則は、強い者も弱い者も、変わりありません。

独裁者が長期間の栄華を誇ることはないのです。奢れる者は久しからず。久しく繁栄したいなら、地道に種をまき続け、耕し続けるしかありません。どんな大富豪とて、同じです。グローバリゼーションは、強者の論理に見えて、意外とそうでもないかもしれません。

慈愛に満ちた民主主義をもたらすのは、仕組みではなく、グローバリゼーションから生じる学びではないかと見えます。

「私が豊かさと繁栄を享受し続けるには、どうすればよいか」を、自分の責任において考え、行動すれば、自ずから答えは明らかです。

グローバリゼーションは現在進行中ですが、その影響と結果は、あちこちに見られます。そこから生じる未来は、誰が描いても「慈愛で成り立つ民主主義」という解にたどりつくのではないでしょうか。人類が、究極のマゾヒスト、つまり、自分で自分を滅亡させるという選択をしないならば。

前へ前へ  TOPTOP  次へ次へ