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ホームスクーリング実践記

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[052]で、どうしたいの?

  

 

慈愛に満ちた行動というと、マザーテレサかガンジーのように見えるかも知れません。しかし、グローバリゼーションにあっては、究極の利己主義が、慈愛にみちた行動となるでしょう。

誰かに依存できるなら、誰かの責任にできるなら、慈愛など関係ないでしょう。ところが、すべての責任を自分で持たねばならないなら、原因と結果のすべてを自分が受け止めることとならざるを得ません。

自分が自分の不利益につながる行動をとったとしても、誰かがカバーしてくれるなら、その不利益が自分に降りかかってきません。でも、だれもカバーしてくれないなら、ダイレクトです。原因を作ったら即結果が出る、ということはふつうはない話で、結果が見えてくるには、それなりの時間が必要です。だから、しばらくは結果を意識しなくてもすみます。でも、やがて、結果が見えてきたときには、それは自分が行動した結果であるから、どうにも避けようがありません。

利益をもっともっと欲しいなら、その利益は自分以外のどこかから回ってくるしかありません。利益を回してくれる存在を破壊すれば、利益は途絶えます。利益を回してくれる存在をさらに繁栄させれば、さらなる利益を見込めるでしょう。非常にシンプルな原理です。

イソップ物語に、「金の卵を産むガチョウ」の話があります。ある農夫がガチョウを飼っていました。そのガチョウは毎日1個ずつ黄金の卵を産みました。農夫は金持ちになりました。彼は、もっと金持ちになりたいと思い、ガチョウの腹を割きました。中の卵を全部自分のものにしようとしたのです。腹の中に金の卵はありませんでした。そればかりか、ガチョウまで死なせてしまいました。

この農夫が、さらに利益を得たいなら、どうすればよかったでしょう?

卵をお金に換えず、雛をかえらせて、大事に育ててガチョウを増やしていくことでしょうね。そして、ガチョウの健康を大事にし、ストレスを溜めないようにし、幸せで長生きができるように努力し続ければ、より品質の高い卵を、より多く手に入れることができるかもしれません。手に入れたお金で、さらにガチョウの生活環境を改善していけば、よりよい結果が見込めそうです。

でも、反対のことをするんですね、人間は。とくに、国家の機能が弱くなり、浅はかな利己主義をむき出しにすればするほど。

で、ガチョウの腹を割いちゃうんですよね。

グローバリゼーションにおける薄っぺらい利己主義は、結果として、自分に不利益をもたらしてしまいます。いま、地球上で、あらゆる不利益が増大し続けていますね。

結局の結局、とどのつまりは、利己主義でいいんですよ。「私は何を望んでいるのか」をよくよく考え、それが実現するように行動すればいいんです。自己を犠牲にして、他者に尽くす必要などありません。そんなことをしようとしたって、うまくいくはずがありません。

最も大事なことは、「私は何を望むのか」です。

それがわからないまま行動すると、自分に不利益を与える結果を招いてしまいます。ピーター・ドラッカーやジャック・アタリやスティーヴン・コヴィーが言っているのは、そういうことに尽きるように見えます。

自分で自分を定義すること。「私は○○という存在である」と。他者からの評価ではありません。自己定義です。自己定義が、すなわち、自分にとっての利益なのです。これはすなわち、アイデンティティでしょう。自己実現とも言えるでしょう。企業といえど、同じです。

何が利益であるかを明確に意識すること。そうすれば、その利益に向かって進んでいけます。不利益をつかむことはないでしょう。

これを私は「私のあり方」と考えています。子どもたちに求めるのは、まさにここなのです。

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