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ホームスクーリング実践記

ホームスクーリング実践記

[062]たいくつ

  

 

長男が3歳から5歳まで、3年間、地元、童仙房の保育園に通っていました。当時は、ホームスクーリングなど夢にも考えていませんでした。ふつうに学校へ行くという以外の道をわが家の子たちが歩むなど、想像さえしませんでした。

その保育園は、長男が3歳の時は子どもの数が9人で、5歳の時は6人でした。それに対し、2人の保育士さんがいました。今のわが家が、2人の大人と4人の子どもなので、家族とあまり変わらない規模です。それはそれは、アットホームな環境でした。保育士さんたちも、とてもよく見てくださいました。長男はその保育園が大好きで、毎日が楽しかったようです。私も、保育園に対して不満や不信はありませんでした。今でも、保育士さんたちに感謝しています。

小学校統合と同時に、その保育園も閉鎖され、村で1つの統合保育園にまとめられることとなりました。

統合じたいは良いことでも悪いことでもありません。大事なことは、「どんな小学校、保育園を作っていくのか?」だと思っていました。その議論を教育委員会や行政が積み重ねていったものだと思っていました。そうではないと知って、がく然としました。どんな小学校、保育園を目指していようとも、そこから考え、行動していけます。理想となる小学校・保育園があって、そのようにすべきだと言っているのではありません。

そもそも、教育委員会も行政も議会も「教育について何も考えていなかった」のです。

統合とは、箱を作ることだと、それだけでした。

どこの地域も同じなのでしょうか?

私にはそこまでわかりません。ただ、自分の子を「何も考えずに作った箱」に入れることには、大きなためらいがありました。

長男が年長に当たる年、童仙房の保育園がなくなり、さらに1年後の就学を控え、どうするか、わが家では結論がありませんでした。当面、保育園に行かない暮らしをしてみました。4月1日からです。

そのとき、重大なことに気づきました。これが、わが家のホームスクーリングへの原点だったと思います。

日がな一日、「たいくつだ〜! することがない! なにをしたらいいいの?」と言っていました。そのとき、親は、「○○をしなさい」とは言わなかったし、「○○をしてはいけません」ということも言いませんでした。遊ぶ材料やオモチャは、いくらでもありましたし、本もビデオもいくらでもありました。

友だちがいないからそういうのかな?とも考えましたが、どうも違うようです。

保育園では、先生が、その日にすることをすべて用意していました。材料も、方法も、時間配分も。子どもは、そこへついていくだけで、楽しく過ごしていたのです。ところが、4月以降は、だれも段取りをしないので、自分の時間を自分で使えなくなってしまったのです。

よく考えると、これは、多くの大人にもそのままあてはまります。学校という仕組みが、何から何まで段取りするものとなっています。だからこそ、すべての子どもに同じ教育を提供できるのです。悪いことではありません。

しかしながら、私はそのときの長男をみて、戦慄を覚えました。

私自身、子どもの時から、「たいくつ」とか「ひま」などという言葉を発したことがないし、そう感じたこともありません。常に忙しかったというわけではなく、常にやりたいことがいっぱいあったのです。「たいくつ」とは、「今やりたいことがなにもない」という状況なのでしょうか。私はそれを経験したことがありません。それをわが子が口にしたとき、がく然としました。

「自分の人生を生きる」こととは、真逆です。

私たち夫婦は、あえてその状況を放置しました。長男が「苦しむ」様を毎日見るのはつらいことでした。しかし、長男が自分の時間を大切にせず、自分の人生を生きようとしないことは、それにもまして、辛いことでした。

1か月半ほど経過すると、長男から「たいくつ」とか「ひま」という言葉が消えました。

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