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ホームスクーリング実践記

ホームスクーリング実践記

[065]生協が山の上に来た件

  

 

京都大学と地域の出会いが進行中、まさにそのタイミングで、大阪の生活協同組合、アルファコープ(現、生活クラブ生協大阪)の創設メンバーの1人である方から、私に電話がありました。

京都大学が初めて地域を訪問したのが3月2日ですが、そのすぐあとぐらいの時期でした。

私に電話をくださった方は、その時からちょうど10年前、ふとしたご縁で私を訪ねてこられ、たった一度だけお目にかかったことがあったという関係です。10年ぶりの電話が、まさにそのタイミングだったのです。

「10年ぶりなんですが、覚えておいででしょうか?」
「もちろん、覚えております。ご無沙汰しております」
「うちの生協で、組合員の子どもたちが自然の中で活動できるフィールドを探しているんですが、そちら、童仙房で、そういった活動ができる可能性はありますでしょうか?」
「それは奇遇ですね。ちょうどいま、この春廃校になる小学校を拠点に、京都大学大学院教育学研究科と地域が生涯学習活動をしていこうと、話が進んでいるんですよ」
「なんと、それはそれは。その話にぜひ、加わりたいものです」

といったあんばいで、ここまであり得ない展開が続くと、あり得ない世界が日常となっていき、あり得る日々の方があり得ないという、倒錯した感覚におおわれてきました。

私は、妻のあり得ない思いつきで、ほんのひところがし行動を起こしただけですが、そのあとはかってに雪だるまが大きくなりながら転がっていくように状況が進んでいき、生協に対しては私からは何の働きかけもしていないのに、なぜか、1年前でもなく1年後でもなく、まさにそのタイミングで電話がかかってきたのです。

これは、私が常々子どもたちに言って聞かせている門外不出の家訓ですから、だれにも教えることの許されないトップシークレットなのです。
「あり得ない行動をすれば、現実がつじつまあわせようとしてあり得ない行動についてくる」
ということを、だれにも言ってはいけません。シー!! (^x^)

京大は、3月2-3日に初めて地域を訪問しましたが、生協は、4月16日に初めて地域を訪問し、地域役員と会合を持ちました。

4月29日、京大と地域住民が寄合を持ちましたが、その翌日、京大と生協が、初顔合わせをしました。

それは、わが家の長男が、自分の時間を自分で使えず、暇をこじらせていた時期です。

6月23日に、京大と地域が調印式を行い、いよいよ生涯学習活動がスタートしましたが、その1週間後、7月1日には、生協のスタッフや大学生リーダーが大勢地域を訪れました。

京大と生協、それぞれ別の活動ですが、なんとも同時進行です。

わが家の長男は、すでに自分の時間を自分に取り戻していました。わが家は、京大にも生協にも、全身全霊で関わっていくこととなります。

これもまた、門外不出の家訓です。
「中途半端や迷いは人生の敗北である。前進さえも敗北である。フルスロットルのみが、人生である」
などと、だれにも言ってはいけません。ぜったいに、ないしょです。

さて、フルスロットルの意味ですが、猪突猛進とはちがいます。人間は猪ではありません。京大も生協も、私が意味するところの、フルスロットルです。

だいたいこういう活動は、3年もするとマンネリになって尻すぼみとなるものですが、8年経った今(2014年)も、衰退するどころか、進化し、発展しています。

わが家のホームスクーリングが発展的に続けてこられたのは、京大と生協の存在が不可欠です。ともに歩んできたと言っていいでしょう。京大も生協も、白紙のキャンバスに絵を描くように、活動を創りあげてきました。わが家のホームスクーリングも、同じです。

そうなんです。フルスロットルとは、白紙のキャンバスに絵を描くことなのです。道なき道を行くのだと言えば、勇ましいでしょうか。じつはそれは、勇気のいることなのです。だからこそのフルスロットルなのです。

とはいえ、私も人の子です、いちお。こわいですよ、ホームスクーリングなんて。

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