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ホームスクーリング実践記

ホームスクーリング実践記

[066]ホームスクーリングを選択したとき

  

 

2006年、地域の小学校と保育園が廃校・廃園となり、同時に京大と生協の活動が地域で始まり、わが家の長男は、自分の時間を自分で使うことを学びました。これらが、同時でした。

もし、小学校統合がなければ、京大も生協も、童仙房で活動する縁は生まれなかったでしょう。わが家でも、考えることなく、地域の小学校へ行かしていたでしょうし、ホームスクーリングはぜったいになかったことになります。私は教育についてあまり考えることもなく、このような記事を書くこともなく、これを読んで下さっているあなたとのご縁もなかったでしょう。

なにより、わが子たちは、どうなっていたでしょう?

今のように本を読むこともなく、多様な人間関係を持つこともなく、多様な経験を重ねることもなく、自分で勉強するということもなく、基礎英語をすることもなかったでしょう。かわりに、毎日同じ子と会うことで子どもどうしの関係はもっとあったでしょうし、独特な学校行事の世界を味わったでしょうし、たくさんの勉強を教わったでしょうし、学校教育独特の集団社会を経験したことでしょう。

ホームスクーリングを始めて7年たった今、「もし、ホームスクーリングを選択せず、学校に行っていたとしたら?」と想像することがあります。すべての子が同じだとは言いませんが、少なくともわが子の場合、ホームスクーリングだからこそ、今のように育ってくれたと感じる部分が大きいので、そうでない姿を想像することが苦痛でもあります。

さて、2006年に戻りましょう。

2006年春、長男が保育園に行かなくなったことで、わが子は自分の時間を自分で使えなかったことに気づき、2カ月たらずで、取り戻しつつありました。保育園に行くより、1人で家にいた方が、主体的な人生を歩ける、という気づきを得たことで、もしかすると、ホームスクーリングという選択肢も「あり」なのかもしれないと、私たち夫婦は、考えるようになっていきました。

しかし同時に、学校に行かない生き方として、不登校の事例はじゃっかん知っていたものの、モデルとするにはあまりに事例が少なく、未知の世界でした。学校教育の外で生きるという選択が、子どもにとってプラスになるのかどうか。

自分自身についてなら、あり得ない選択をし、あり得ない行動をとることは平気です。子どもについて、あり得ない選択とあり得ない行動をとることは、その結果を受け取るのが私ではなく子どもであるので、私にとっては「無責任」とも言えます。

では、学校へ行かせることが、子どものためになるのか? ふつうはそんな考え方はしないでしょう。もし、小学校統合がなければ、私もそんな疑問は持たなかったでしょう。統合の是非ではありません。

学校は子どものためになるのか?
これからの時代、学校教育でよいのか?
自分の時間を学校に預けてしまう育ち方でよいのか?
毎日決まった顔ぶれの中で過ごす人間関係でよいのか?

と考えると、学校へ行かせることもまた、私にとって「無責任」ではないのか?とも思えてきます。

子どもは親の所有物ではないので、どちらへも、結論をくだせずにいました。

2006年夏から、京大も生協も、地域での活動を本格的に始めました。とはいえ、すべてが手探りで、試行錯誤です。どちらの活動へも、わが家はフルに参加しました。ともに考え、ともに創っていく。その過程には、6歳だった長男も加わっていきました。

長男が学校へ行くなら、この両者の活動から、わが家はフェードアウトしていくことになりそうです。

秋になると、いよいよ長男の就学準備が近づいてきます。決断のタイムリミットです。

私は、自分で自分の人生を生きることについて、6歳の長男を相手に、易しくていねいに話を繰り返しました。長男が学校へ行きたいと言えば、それを押し切ることはできません。長男は、春先に自分の時間を自分に取り戻したという感覚を得ていましたし、京大や生協の活動を、みんなで創りあげていっていることも肌で感じていました。

長男は、ホームスクーリングに前向きな感触でした。

それでも、最後まで、たった1つの質問が残りました。この質問は、あまりに重い・・・

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