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ホームスクーリング実践記

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[068]オームの法則

  

 

中学校の理科の電気の単元でオームの法則を習います。

E=IR  (電圧=電流×抵抗)

電気の基本原則ですが、なかなか面白い法則です。水の流れにも似たことが言えます。流れる量を同じままにして、抵抗を増やせば、圧力がそれに見合って増える。ホースの口を狭めると水が勢いよく飛び出すという、あの感じです。

物理の法則でも、物体の動きには、抵抗が必要だと言われます。自動車が走るには、タイヤと道路の摩擦が必要です。人が歩くにも、地面が抵抗とならなければ前へ進めません。

ところで、これって、人の生き方にもだいたい同じことが言えるのではないかと思います。

成功=行動量×抵抗
(成功とは、「望むことが実現あるいは達成されること」と定義します)

「何かを実現しようとすると、必ず障害が起きる。障害を乗り越えてこそ、それを達成できる」
これは、昔々から世界中で異口同音に言われている人生訓のようなものです。障害とは、外的環境であれ、自分の内面であれ、無関係に見えるできごとであれ、なにかしら進むのを妨げる事象です。

私たちは、そのような障害を避けようとしますが、障害があるからこそ前へ進めるのだと受け止めるなら、むしろ歓迎すべきものとも言えます。昔の人はよく言いますね、「苦労は買ってでもせよ」と。

現代の合理的な考え方、効率優先の考え方からすると、行動量も抵抗も極小化して成功を大きくしようとします。たしかにそうすべきだし、異論があるわけではないのですが、私のような旧いタイプの人間には、何か気持ち悪さがぬぐえません。

あらゆるシステムは、このような指向性をもつものでしょう。汎用性、マニュアル化、手順化・・・

学校教育も、行動量と抵抗を小さくすることを指向します。悪いことではないと思います。が、長男が保育園に行かなくなって気づいたような、自分の時間を自分が使えなくなるという結果も生じてしまいます。

成功=行動量×抵抗

という法則で考えれば、成功の内容がちがうのかもしれません。成功の内容をうんと限定し、「試験の点数」に特化すると、行動量も、試験の点数に直接関係ないものを削減できます。抵抗も、試験の点数にかかわる抵抗以外を削減できます。限定した内容で、行動量を増やせば、成功を増やせます。学校教育独特のあの「社会性」でさえ、試験の点数に特化した行動量と抵抗だと見られないでしょうか。

もし、成功の内容を「自分の人生を生きること」とするなら、まるで変わります。人生の物理的な時間や空間は有限ですが、人生の意味や価値は無限です。可能な行動量は物理的な上限や制約がありますので、成功を増やしたいなら、抵抗を増やすことが、王道です。

さて、ホームスクーリングに置き換えてみます。
「みんなが学校へ行っているのに自分は行かない」という後ろめたさは、強烈な抵抗です。もっとも、それがほんとうに反社会的なことであったり無意味なことであったりするなら、抵抗以前の問題です。熟慮した結果、自分にとって意味があると判断したのにもかかわらず生じる抵抗こそが、抵抗なのです。

「未知への恐怖」は、もしかすると、人間が感じる最も大きな抵抗なのかも知れません。脳科学の知見で、「脳はあらゆる変化に抵抗する」と実験で明らかになったと見たことがあります。

学校教育では、試験の点数が極大化されるよう、抵抗が調節され、作られています。

ホームスクーリングでは、試験の点数を成功とは考えません。だから、学校教育の行動量と抵抗を採用しません。
「自分の人生を生きること」に対する抵抗は、どちらかというと、外的な環境より、内面の抵抗が中心となるでしょう。なぜなら、自分の人生を作り、歩いて行くのは、他人ではなく自分だからです。

しかし、内面の抵抗とは、苦しいものです。試験の点数という「成功」から見ると、無意味で無駄でしょう。しかし、試験の点数を極大化したとしても、自分の人生を生きられないなら、それがいったい何になるというのでしょうか? また、自分で自分の人生を生きるなら、自分にとって意味あるように試験の点数を創り出すことも可能となるはずです。

苦難よ、来たれ! 欲の深い私は、苦難を歓迎しよう。苦難の正体は打ち出の小槌なのだから。
苦難を避けることは、成功を壊すことであり、マゾヒストのすることである。
(わが家の家訓ですが、例の通り極秘です)

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