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どたんば哲学

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[002]人生の再起動

  

 

大学卒業後、出版社で編集をしていたが、これがまた激務。右も左もわからぬ青二才ながら、著者の人生を背負うこととなる。著作というのは、そういうものだ。書店に行けば、数え切れないほどの本がある。その一冊一冊、著者の人生が凝縮されている。私の担当、同時進行で、数十冊。3年でまいった。

短く太く燃え尽きて、しばらく静養した。さて、これから先は、どっちへ歩いて行こうか。26歳。時は、バブルがはじけた直後。世の中、まだバブルの余韻がただよい、今のような閉塞感はない。

私は、ゼロからのスタートだった。住むところと、仕事をどうにかしようと思った。今までとは全く違う人生がいいと思った。OSを入れ替えての再起動といったところだろうか。

バイクに乗って、大阪の近くで、住めそうなところを探し始めた。花博のせいで、どこもかしこも賃貸物件はあいていない。東へ向かった。山を越えて少し行けば、京都府木津川市(当時は、相楽郡木津町)。都市の生まれ育ちである私には、そうとうな田舎に見えた。ここなら、どうにでもなるだろう。

しかし、住めそうなところがない。

やがて、相楽郡内を順にまわっていった。当時の町名でいうと、木津町、精華町、山城町、加茂町、和束町、笠置町。さすがに、笠置や和束まで来ると、そうとうな田舎を通り越して、究極の田舎に見えた。こんなに田舎なのに、住めそうなところがない。

困った。

笠置山のてっぺんに登って、あたりを見回した。

もう、すぐそこが三重県だ。

あれ、三重県の手前に、もう一つある。南山城村だ。

今どき、「村」が残っているなんて、ここはいったいどこなんだ???? 村というのは、あれだな、町よりもっと田舎という意味なんだな。人間が住めるんだろうか?

などと考えながら、相楽郡で唯一訪れていなかった南山城村に行ってみた。国道沿いに、商工会の事務所が見えた。
「こんにちは。大阪から来たんですけど、この村って、住めるところありますでしょうか?」
そのとたんに、その場にいた、3人の社長さんが、名刺をくれた。
「うちで働いてくれるんやったら、住むとこはどうにかしてあげるよ」

ぅおおおおおおおおおおおおおおおお〜!!!!!
なんと温かい村なんだぁぁぁぁぁ!!!!!
日本にまだこんなところが残っていたのか!!

そして、社長さんのことばに、今までと違う世界を見た。「住むとこはどうにかしてあげるよ」ということは、今は住めるところがないのだ。それをどうにか創り出せるという意味なのだ。都市にいては、ちょっとこういう感覚はない。

そのとき、私は、自分が何を求めているのか、うっすらと気づいた。仕事の内容や、住む場所、住む環境は、どうだっていいのだ。(じっさいのところ、ぜんぜんこだわることなく、ここまで来た)。私が求めているのは、何かを私の力で創り出せる機会なのだ。それは何だろう? かなり大きなものをイメージしている。が、具体的に何なのかは、わかっていない。具体的に何であるかさえ、今はどうでもよいのかもしれない。とにかく、大きなものを私の手で創り出したい。確かに、そう思って、ここまでやってきた。

意外と、その場は、都市より田舎が適しているのかもしれない。都市は、便利だが、あれやこれや、がんじがらめだ。大勢の人がひしめき合って暮らしているが、一人一人の存在は小さい。田舎は、人がまばらな分、一人一人の存在が大きいのかも知れない。不便な分、自分次第でやりようが大きく選択可能かもしれない。

なんだか、田舎もよさそうだと、思えてきた。当時は、田舎暮らしという言葉はなく、都会から田舎へ移住するのは、理解不能な変人だった。変人になるのも悪くないかもしれない。大きなことをしたいなら、変人にならなければいけない。

などと考えながら、商工会をあとにして、東へ進むと、「童仙房」という、得体の知れない不思議な文字が書かれた看板が目に付いた。むしょうに好奇心にそそられて、看板のとおり進んでいくと、まもなく道は狭くなり、うっそうと木々が茂る中をくねくね、山を登っていった。もちろん、人家はない。

なんや、これ?
どうみても、この先に人は住んでいないようだ。
なら、なぜ道が続いているのか?
こんなとこ、進んでいってもいいのだろうか?
童仙房というのは、人が入ってはいけない魔境に違いない。
しかし、ここまで来て、正体を見届けずに引き返すのは無念だ。
道が続くかぎり、進んでみよう。

20分ほど、心細い道を、重たいナナハンで登っていった。

坂を登り切り、山の頂上へ出た。道は途切れることなく、続いていた。

なんと、人家がある!!!!
なんでやねん?????????
なんでこんなとこに人が住んでんねん???????????
?????? ??????????????????
???????????????????
疑問符をいくら書いても足りないほど、私の頭の中を「?」がいっぱい飛び交っていた。目の前を子どもたちが歩いてきた。

私の運命を変えた出会いだ。

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