世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする

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どたんば哲学

どたんば哲学

[005]歓迎されての田舎暮らし

  

 

1992年、不思議な作りの家が、できあがってきた。外見は、普通の家に見える。さすが、大工さんだ。私は張りぼてのようなものをイメージしていたのだが。

2月、少しずつ、荷物を運び込んだ。どんな暮らしが始まるのか、想像もつかない。これでよい。想像できる未来は、退屈だ。

家ができあがってくると、地元の人たちから、よく尋ねられるようになった。
「いつから住むの? 早くおいで」と。

田舎は閉鎖的で排他的だという先入観があったが、どうも違う。童仙房が開拓地だから、他の田舎とは違うということなのかも知れない。そしてまた、地元の人たちの基本中の基本である土方をとおして、絆をつちかってきたということもあるのかもしれない。

いずれにせよ、私は「計算して」あるいは「計画して」田舎移住を進めたのではない。「世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする」ことによって、進めたのである。

「どたんば哲学」シリーズを途中からご覧いただいている方には、変なことを言うヤツだと思われているかもしれません。(確かに変かもしれませんが・・・)

どたんば哲学とは、アメリカの偉大な成功者たちの成功哲学を研究し、「ゼロのスタート時点で、どう考え、どう行動すべきか」という哲学を見いだしたものです。「世界を救う」というのは、宗教的な話ではありません。世界を救いたいというに匹敵する巨大なミッションをもつという意味です。「小さなことを考えて、今目の前にフォーカス」してもうまくいきません。「世界を救うというミッションを持って、自分から離れたところを見る」のもうまくいきません。この哲学をもって、私のたどってきた道を振り返っています。

さて、3月の初旬、いよいよ童仙房へ引っ越した。といっても、荷物の搬入は終わっていたので、その日から、童仙房で寝泊まりするようになった、ということである。

山の上の、山の奥の、一軒家。半年前まで、人が住んでいなかった。

夜は真っ暗だ。街灯もない。山の音(風、木々の音、動物の声)。山のにおい。山の色。そして、闇。

都市で慣れた私には、おとぎ話のように感じられた。怖いとは思わなかった。

家の前でイノシシを見た。野生のイノシシを見るのは生まれて初めてである。

童仙房に住み始める前から、地元の人たちに頼まれていたことがある。中学生の勉強を教えるということだ。小さな塾だ。

田舎でも、中学生は塾へ行くのがふつうらしい。(私が中学生の頃は、ほとんどだれも塾へ行っていなかったが)

童仙房から塾へ行かすとなると、片道30分〜1時間、自動車で走ることとなる。これが週二回、兄弟2-3人となると、親の負担は大変なものになる。地元で教えてやって欲しいという強いニーズがあるのだ。

ありがたいことに、何もない、異邦人の私でも、頼りにしていただける。住み始める前から、地域の中に、私のポジションがあった。ほんとうに、ありがたいことだ。

さっそく、中学1-2年生4人を相手に、塾を始めた。もちろん、昼は土方である。

田舎での生活のスタートも、どたんば哲学になっている。

こうして、私の童仙房での生活が始まった。

まだ「田舎暮らし」という言葉が知られていなかったころ。都会で生まれ育ち、大学まで出て、サラリーマンをしていて、一人で見知らぬ田舎へ移ってきて、地元の人でも入らないような山奥で、一人で住み、土方をしている。

どこからどうみても、理解不能な変人だ。だから、「仙人みたいなヤツだ」という人もいた。

私は28歳の独身だった。とくに結婚をあわてていたわけでもない。一生独身と決めていたわけでもない。ただ、「今、目の前」に集中していただけのことである。

しかし、困った。毎日、誰かに言われるのである。
「おい、嫁さんいらんか? 世話したろか?」

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