世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする

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どたんば哲学

どたんば哲学

[013]ネット婚

  

 

巨大テントのイベントは1997年9月28日。
年があけて、1998年には、私はあまり動かなくなった。少なくとも、公の場にはあまり出ないようになった。

あのような常識はずれのイベントを背負うのは、あまりに重い。
そもそも、どうして私が背負うことになったのか?  私にとって、どんなメリットがあったのだろう?  少なくとも、私は、自分の持ち出し分と、仕事ができなかった分とで、金銭的には大きなマイナスだ。
テレビや新聞にたくさんでたじゃないか? いやいや、そんなこと望んでいない。疲れただけだ。
新しいパラダイムの創造のささやかな一歩になったか? どうも、地域がほんのわずかでも変わったようには見えない。

私が得たものは・・・何もない。
では、あのイベントは、やるべきではなかったのか?
それも釈然としない。何もやらなければ、マイナスは生じないが、プラスも生じない。
じゃあ、プラスって、何だ?

イベント実施時には、どたんば哲学が強烈に作動したけど、イベント後は、どたんばでなくなった分、どたんば哲学が動かなくなった。それが、私の迷いにつながっていたのだが、当時は気がつかなかった。

「世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする」

とてつもなく大きなミッションが必要だ。そして、行動においては、今、目の前にフォーカスしていくだけだ。イベントまでは、そのように徹底したので、奇跡が起きた。かといって、あの一度のイベントで、「世界を救う」ことが完結したなんてことはない。ただのささやかな通過点だ。イベントが終わっても、「今、目の前へのフォーカス」を続けていればよい。そうすれば、次の奇跡が起きる。

じつは、当時の私にとって、「今、目の前」は、静かにしていることだった。「今、目の前」が、たえず何か活発な活動を意味するわけではない。ある時期、じっと充電することや休息することや、情報収集、勉強などに集中することが必要な場合もある。そんなときにあせって何かをしようとするのは、「今、目の前にフォーカス」していないし、たぶん、奇跡は起きない。

当時の私は、すべき「フォーカス」をしているとは思っていなかったが、今から振り返ると、そうでもない。

しかし、巨大なミッションを忘れかけていた。

が、次の奇跡が起きつつあった。

とくにきっかけがあったという記憶はないが、なんとなく、あるメーリングリストのある女の子と直メールを交換するようになっていた。といっても、当時は、それが普通のことであり、直メールを交換していた相手は、ほかにも大勢いたのだが。今で言えば、ブログやmixiやfacebookなどで親しくなるといった感じだろうか。

1998年5月、その子と3度目に会った。結婚してもいいと思った。それまでは、結婚対象とは思っていなかったし、おつきあいしようとも思っていなかった。ネットは、情報も早いが、恋愛も結婚も早い。

私は、結婚を焦っていたわけではないが、どたんば哲学が作動した。どたんばでなくとも、どたんば哲学は作動する。その条件は、2つだけだ。
「世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする」
もし、その子が、「世界を救う」というミッションをもっていなかったら、結婚は考えていない。私も、「世界を救う」というミッションをもっていなかったら、その出会いは生まれていないし、結婚へ発展することもなかった。

もう、「その子」などという言い方はやめよう。妻のよりこである。

10月、よりこの両親に会うために、京都から埼玉まで、自分の車で行った。よりこのお父様は、大事な娘を遠いところへやることに大反対だったらしい。そのへんの事情をよりこから事前に聞いていた。

結婚を申し込む男が、超えねばならぬ道。相手の両親との面会。しかも、大いなる苦難が予想される。

どたんば哲学である。
私は、よりこのお父様にお目にかかったとき、「世界を救うミッション」を話した。予想に反して、お父様と意気投合した。何の苦難もなく、最高に楽しいひとときだった。結婚への障害は、何もなかった。

入籍は1999年4月と決めた。

その直前、1999年3月に、思いがけないことがおきた。

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