世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする

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どたんば哲学

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[018]奇跡の古民家改修

  

 

2001年9月7日、古民家改修に着手した。

かつては家族が住んでいたが、12年間空き家状態だった。トイレ、風呂などは朽ちて無くなり、台所、窓、出入り口も朽ちていた。床はところどころ、足がはまる。北側は基礎部分が腐食し、柱が屋根からぶら下がっている箇所もあった。壁は、土壁で、壊れているところもあった。

童仙房には水道がないため、全ての家庭は井戸を持ち、地下水を利用している。この古民家には井戸もなかった。

じっさいに、手をかけようとして、家の前にたたずみ、途方に暮れた。どうにかなりそうには思えなかった。

しかし、大家さんのおかげで、屋根は無事だった。スレートを吹き替えてあり、雨漏りが全くない。屋根が傷んでいたら、あきらめたかも知れないが、屋根が大丈夫なので、一歩ずつ進めば、必ず行ける!!

どこから、どうするか。

大家さんが、家の裏に井戸を掘ってくれた。

まず、水回りからやっていこう。配管、風呂、トイレ。

傷んだ基礎をコンクリートで固め、壁は外と中から板をあてる、床は全て撤去した。屋根の下、何もなくなった。基礎から床下をつくった。床下には炭を大量に入れた。土間も床をつくった。

開口部は、サッシをいれた。玄関も扉を設置。すこし家らしくなった。

作業は、仕事をしながらなので、週に2-3日のペース。お手伝いさんに2人来てもらうこともあったが、1人で作業した日も多い。どのように仕上げていくか、事前に計画があったわけではない。作業を進めながら、考えていった。工具も、だんだんそろえていった。

素人の仕事だが、住み始めてから壊れるとか、傾くといった心配はない。なぜなら、素人である自分が理解できるように、納得できるようにつくっていったからだ。最も重要なのは、床と天井だが、まったく問題ない。

日本家屋というのは、ボロボロに見えても、あんがい強い。うまく組まれていて、かんたんには壊れない。

この作業、終わりが来るのだろうか? 素人が何年もかかって家を造ったという話はときどき聞く。だが、私は何年もかけられない。9月に着手し、年内には移転を終えたい。それは可能なのか? 野営するよりマシという考え方なら、できるだろう。そうではなくて、普通の家として住めるようにしたい。仮の宿ではなくて。

大工さんでも苦労するかも知れない。垂直にたっている柱は一本もない。建物の構造で、垂直、水平、直角は、1つもない。1つずつ、現状にあわせながら、進んでいった。

材料だけでも、かなりお金を使った。木材、セメント、パイプ、便器、バスユニット、断熱材、ビス、コーキング剤・・・

仕事を減らしながら、支出は増える。どうやって乗りきればいいのか?

ふしぎなことに、着手した9月7日の2週間前、ほんとうに不思議なことだが、私に対して、あるベンチャーが、新規プロジェクトを立ち上げるので企画立案に参加して欲しいと依頼してきた。週1回の会議と、あとは自宅で夜でもできる仕事だ。じゅうぶん、家づくりの作業時間がとれてなお、ちょうど不足分がまかなえる程度の収入を得られた。ほんとうに、ありがたかった。

秋が深まった。

だんだん家らしくなってきたが、まだまだ住めるにはほど遠い。

デッドラインを設定した。12月15日に引っ越す。そこへ向けて、死力を尽くす。ぼちぼちやっていたんでは終わらない。この日程は、不可能と見える。だから、ちょうど良い。

12月に入って、猛烈にペースアップ。

最後、12月14日は徹夜した。

完成ではない。しかし、生活できる部分を大きく確保した。残りは、住みながら手をつけられる。

12月15日、荷物を運び込んだ。その夜、初めて、この新居で寝た。まさか、ほんとうに、この日が迎えられるとは、思っていなかった。

素人が、3ヶ月で古民家を改修し、引っ越した。お金も、まわった。奇跡ではないか。

家づくりの一部始終は、↓で公開しています。
http://souraku.net/souraku/going_naturally/country_life/iedukuri/index.html

偉大な成功者たちは、素晴らしいことを言っているが、よく考えると、当たり前のことが多い。しかし、それらは常識とは逆であることが多い。それなら、常識がおかしいのか。私たちは、おかしなことを常識だと思い込んでいて、成功をあきらめているのかもしれない。

マーケティングの巨人であるダンケネディが、いつも言っている。「成功したいなら、常識の反対をせよ」と。そして彼は、こう言っている。「最小限のことをやれば最小限の結果が、最大限のことをやれば最大限の結果が得られる。しかるに、多くの人は、最小限のことをやって最大限の結果を得ようとしている」

「最小限の努力で、最大限の結果を得る」と、よく言われるが、「非常識な億万長者」であるダンケネディは、それを否定する。

「最大限のことをやる」とは、何だろう? 「世界を救うというミッション」は、この上がない最大限ではないか。「今、目の前へのフォーカス」は、自分にとっての最大限ではないか。多くの人は、小さなミッションを持って、今目の前以外のことをしようとする。それは、最大限から遠ざかる。

不可能に見えることでも、実現できる。どたんば哲学があれば。

「世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする」

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