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どたんば哲学

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[020]教育は大きな視野で見るべし

  

 

過疎化の進む南山城村では、2003年、新しい小学校が建設され、統合が進められた。新しく1つの小学校をつくったのである。4つの小学校のうち、3つが廃校となった。ただ一つ、廃校をまぬがれた野殿童仙房小学校にも、2004年には、統合の話がせまってきた。

野殿童仙房小学校は、もともと山の上の分校だったが、昭和57年、独立小学校にしようと、地元の方々が村の教育委員会にかけあったところ、相手にされなかったので、直接京都府にかけあい、独立を勝ち取ったと聞いている。私が童仙房に来る以前のできごとである。地元の方々が、誇りに思い、はぐくんできた学校である。とうぜん、なくすべきでないという声は、根強い。

かたや、子どもたちには、少しでも人数の多い環境が必要だという主張もある。

地域が、割れた。

私は、上の、統合反対とも統合賛成とも意見を異にした。伝統や文化や歴史は尊重すべきである。しかし、子どもたちは、未来を生きる存在である。視点は、過去でなく、未来にとらねばならない。そしてまた、人数の多い環境において、良い教育も悪い教育もあるし、人数の少ない環境において、良い教育も悪い教育もある。人数の多少と教育の良し悪しは、関係ない。仮に、わずかばかりの相関関係があるとしても、逆である。人数の少ない方が、教育環境として好ましいという研究や論考は多数あるものの、その逆は見かけない。役所の論理に過ぎない。

いずれにせよ、こういう議論はあまり生産性がない。子どもたちを主にした視点が欠けているからである。子どもたちには、60年ほど、あるいはそれ以上、未来を生きる。これから先の時代に生きる力をつけてやらねばならない。世界を見て、未来を見て、教育を考え、論じるべきである。もちろん、何がベストであるかは決められない。「何がベストかを決めること」が大事なのではなく、「何がベストかを追求しようとする意志」が大事なのだ。

教育とは、そういうものではないか。

けっして、専門家や先生まかせにするのではない。一生懸命考えてやったことが違うと思えば、軌道修正すればよい。おとなたちが、子どものために一生懸命考えて取り組むという姿勢そのものが教育なのではないか。

それを、村教育委員会に対して確かめたくて、公開質問状を用意した。2004年7月のことである。

私は、よりこに尋ねた。
「これを出せば、最悪の場合、ここに住めなくなるかも知れへん。どうしようか」

よりこは答えた。
「出さなければ、きっと、一生後悔すると思う」

私は、再度言った。
「出せば、たぶん、無事では済まないぞ」

よりこは、答えた。
「ここで臆病になれば、子どもたちにどんな顔を向けるの?」

私は3度目、言った。
「ほんとうに、出すべきなのか?」

よりこは、ためらわずに答えた。
「出さないという道はない」

私は、事前に、新聞各社、全村会議員に郵送し、文部科学省、京都府教育委員会にメール送信しておいてから、村の教育長に面会し、質問状を渡した。私は、紺のスーツを着ていったが、気分的には、白装束だった。

教育長は、怯えているように見えた。私は、責めようとは考えていなかった。渾身の力を込めて教育長の思いを聞かせてもらえれば、ついていくつもりだった。

2週間後、回答が郵送されてきた。回答してくれたことには感謝するが、逃げの姿勢が露骨だった。

私は、再度、同じ要領で質問をした。

2週間後、回答があった。

もう、これ以上は無駄だと思った。

その一部始終は↓に公開している。
http://souraku.net/souraku/going_naturally/child_loving/study_60/stop/04.html

そして、この一部始終を、すべて印刷し、童仙房全家庭に配った。もちろん、どうなろうと、覚悟をすえてのことである。

地域内で大きな波紋を生んだと聞いた。しかし、不思議なことに、私に対して、否定的な反応はなかった。熱烈な応援は何人かからいただいた。が、私を責める人がいなかった。陰でいろいろな意見があったとは聞いている。しかし、私に直接向けられることはなかった。

覚悟を決めたことが拍子抜けするほど、私にとってはおだやかな日々だった。

その年、小学校統合は流れた。私の公開質問状が原因だったかどうかは知らない。しかし、公開質問状が、その後の私の人生を変えていくものであったことは、間違いない。1997年の巨大テントのイベント以降、地下にもぐって生きてきたが、これを機に、地上に出る。今から思うに、公開質問状は、どたんば哲学が作動した結果に他ならない。

ところで、ちょうどそのころ、教育とはまったく関係ないが、興味深い情報を得た。地上に出ようとした私にとって、非常におもしろい。この豊かな自然を生かし、新しい「村おこし」の可能性がうかがえたからだ。

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