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どたんば哲学

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[021]農業ビジネスは可能か?

  

 

小学校統合の話が出るのは、子どもの数が減ってきているからである。つまり、過疎化だ。

田舎の過疎化は、1970年代、戦後の復興が一息つき、高度経済成長が始まるあたりから、少しずつ進行していた。しかし、いっきに田舎がつぶれてしまうほどのひどさはなかった。どこの田舎も、それなりに活気があり、それなりに生活が成り立っていた。

ところが、2000年あたりから、目に見えて状況が変わってきた。過疎化の速度が急速にアップしたのである。あわてて対応をしようとしても、対応が間に合わないほど、進行していった。

その芽は、おそらく、1991年のバブル崩壊にあるのではないか。世界が変わり、それまでのやり方が通用しなくなり、抜本的に変えていかねばならなくなってきたのに、バブル以前と同じやり方を続けようとした。その歪みが蓄積していった。10年経って、歪みが露呈してきた。だから、小手先の対応はすべて裏目に出る。これが私の見解だ。

2004年8月、たまたま童仙房へ遊びに来た人から、興味深い情報を得た。「無臭養豚」というシステムである。南山城村でも、養豚場の悪臭問題が経年の課題となっている。なぜ無臭化できるのか。微生物を大量培養して、悪臭の元となる有機物を微生物に「食わせる」ということだ。微生物の大量培養を可能とする装置を開発した人がいるとのこと。

この話自体、あり得ないことではない。自然の摂理そのものだ。私は、「自然の摂理を上手に使う」ことが、今後、田舎の生きる道ではないかと直感した。10月には、建設会社の社長と一緒に、広島までおしかけ、その研究者に会ってきた。なるほど、小さなモデルだが、確かに10頭ほどのブタがいて、悪臭はなかった。

しかし、その研究者は、童仙房に来ることはできないとのこと。システムは、ある企業の研究所内で開発していて、「田舎相手に金にならないことはやってられない」ということだそうだ。それはそうだろう。企業に対して、縁もゆかりもない田舎へ投資せよというオファーはあり得ない。

私は、その日、研究者から聞いた話をメモにとっており、後日、資料としてまとめ、研究者にメールで送った。研究者は、びっくりすると同時に、童仙房に興味をもった。

その直後、ぐうぜん、企業と研究者の間に問題が生じて、研究者が企業を去り、フリーとなった。11月、研究者が2泊3日で童仙房へやってきた。つい1ヶ月前には「あり得ない」ことだった。童仙房の自然から種菌をつくることを習った。

年が明けて、2005年3月、研究者が再び童仙房へ来た。微生物の培養の仕方を習った。子豚を3頭入手し、放牧形式で飼い始めた。なんとかやって行けそうなので、私が淡路島の市場へ行き、子豚を6頭、競り落としてきた。

研究者は、4月に童仙房を去った。

あとは、私たちでやっていく。

もう少しブタを増やした。

じっさいのところ、「完全な無臭」は難しい。というか、不可能だ。「臭いを低減」なら可能だ。しかし、微生物も生き物なのだから、「お世話」が必要だし、いつも同じ状態ではない。そこに、試行錯誤や努力や開発が必要だ。

夏に、ブタを数頭、大阪の市場へ出荷した。ブタは、意外と安い。仮に豚肉の小売価格を100グラム100円としよう。ブタ1頭から70kgの肉がとれれば、7万円だ。養豚家からの卸値はそれよりずっと低い。

養豚で生計を立てるには、数千頭規模が必要だ。それは、さすがに容易ではない。

私たちは、考えた。何を実現すべきなのか。

地域の衰退がぐんぐん進んでいる。これからも加速するだろう。地域の人たちとともに取り組める事業を目指すべきだ。

養豚から軌道修正し、自然の摂理を活用した農業を考えた。間伐、せん定、木材加工などにより、大量の木質系廃棄物が出る。食品加工、料理などにより、大量の食品系廃棄物が出る。これらはゴミとして処分すれば、多大な環境負荷がかかる。国は、その問題を改善するため、食品リサイクルを進めようとしていた。

私たちは、微生物の仕組みをつかって、このような有機物を有効活用しよう。「強い農業」を作れるのではないか。そう思った。

あらゆる調査や研究をし、役所(主に京都府)にもさんざん通った。役所が迷惑がるほど通った。保健所にもひんぱんに通った。

私たちは、法の抜け穴をくぐろうなどとは考えていない。必要なことはすべてするつもりでいた。食品リサイクルは、国家的課題だ。しかし、いっぽう、扱うものは「廃棄物」である。推進と規制が同居している。明らかな矛盾がある。「どんどん輪を広げていこう」VS「異常に高いハードル」。役所も、推進と規制の管轄が違うため、たらい回し状態だった。

ビジネスとして成り立たせるには、時を待ち、法制度の矛盾が解消される必要がある。1年後、ブタをすべて出荷した。ちなみに、無臭養豚システムで育てた豚肉は、軟らかくてまろやかでおいしかった。

無臭養豚プロジェクトは、どたんば哲学が作動したとは言い難い。しかし、この取組が無に帰したわけでもない。こういうパラダイムが、今後の田舎に不可欠だろうと確認できたから。そして、それを形にするのは、もう少し先なのだろう。

ところで、2004年には見送られた小学校統合だが、2005年には、再度話がでてきた。

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