世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする

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どたんば哲学

どたんば哲学

[024]めくるめく展開

  

 

「そんなアホな!」としか言いようのない発想!
山の上の、廃校となる予定の小さな小学校へ、京都大学教育学部になんらかの学校をつくってもらう???
出版社の社長もあきれていった。
「京大がそんなもんで動くなんてありえへんやろ。そんなことぐらい考えんでもわかるやろ」

そのあと、こうも言った。
「でもまあ、こういう無茶なことを考えるのもおもしろいかもわからん。正月の間、宿題として考えてみよう」

私は、「とりあえず」話がつながったことに驚いた。

ぜんぜん期待もせずに正月あけると、社長から電話があった。
「1月10日、京大へ行こうか。いい先生を思いついた」

どたんばでは、超プラス思考で行動するに限る! ごちゃごちゃ考えている暇があったら、動くに限る! 最大限、最速、最優先で行動するに限る!

1月10日、京大の生涯教育の教授の研究室を訪れた。あまりに無茶な話なので、どう切り出していいかとまどうところだが、どうせ非現実的なのだから、ごく当たり前のことのように、ふつうに語るのが良い。あとは世間話をして帰るだけだ・・・

「それは興味深いですね。ちょうど、私たちもフィールドを探していたところなんです」

え??????????????
想定外・・・・・・・・・・・・
門前払いじゃないの??????

横で、社長も、ポカンとしている。

「あ、はい。童仙房はとてもいいところです!」

というわけで、教授は、会議にかけてみるとのこと。

帰り道、社長も私も、何が起きているのかよくわからなかった。

翌週、再度、社長と私とで、教授の研究室を訪れた。京大の会議では、童仙房の案件がおおむね好意的に受け止められ、フィールドを立ち上げるための研究会が公式に認められたそうだ。

え???????????????
想定外・・・・・・・・・・・・・
非常識な話が1週間で進展している??????

さらに翌週、社長と私とで、教授の研究室を訪れた。「何もないところからどんな教育の場を作れるか」がテーマとなるとのこと。

私は、自分の子の教育を念頭に置いて動き始めた。しかし、京大側のリアクションは、私の子が念頭にあるわけではない。社長はそのことを心配し始めた。私の希望とずれているのではないか、と。

それは違う。

自分の子だけの教育、なんてものは、教育ではないだろうし、わが子のためにもならないだろう。もっと大きく、世界を視野に入れた教育のあり方を見ていくべきだ。そのような大きな教育のあり方こそが、わが子への最良の教育になるのではないかと考えた。だから、わが子のためと思えばこそ、わが子のことは忘れて良い。

これこそが、どたんば哲学そのものである。

「世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする」

そして、あり得ない展開が、さらに急加速していった。

2月7日、教授と社長と私とで、京都府教育委員会へうかがい、次長さんと面会した。とくに具体的な話があるわけではないが、童仙房で新しいことを始めたいと話した。

2月15日、私が、京大の院生を相手に、プレゼンした。具体的なプランが何もないので、何かがどうにかなるものでもないが、生涯教育の方向で考えてみようとなった。教授以外で京大にこの話をしたのは初めてである。

あまりに展開が早い。途中の段階で、童仙房区の区長、副区長には、京大へ話をしに行くことの了解はもらってあったが、そろそろ報告した方がいい。

2月25日、童仙房の区役員さんに集まってもらって、経過を報告した。

とうぜんながら、地域は地域で思惑がある。小学校が廃校になると、廃校跡を活用することと、地域の衰退を防ぐことが頭の痛い課題だ。
京大には、京大なりの思惑がある。国立大学が独立行政法人化されてからは、特色ある研究を進め、特色ある大学づくりをしていかないといけない。あの東大でさえ、開校以来初の大学案内をつくったとのこと。
私には私の思惑がある。自分の子のための、世界を視野に入れた未来指向型の学びの場である。

三者三様の思惑が、相乗効果を発するとき、あり得ない展開が起きる。これが「win-winの関係」ならぬ「multi-winの関係」あるいは「all-winの関係」だ。私は、じつのところ、何もしていない。ただお話ししただけだ。物事を動かしたのは、私ではない。ただ、私は、「multi-winの関係」が構築されることだけをいつも考えていた。

3月2日(木)、3日(金)、京大から教授と院生たち8人が、1泊2日で童仙房へ来た。現地視察である。

念のため言うが、この時点では、野殿童仙房小学校はまだ廃校になっていない。校長先生の許可を得て、京大のメンバーに校内を見てもらった。校長先生は、何のことだかわからず、明らかに緊張されていた。

2日の夜、民宿・童仙房山荘で、京大メンバーと、童仙房区役員とが初顔合わせした。

私が初めて教授にお目にかかったのが1月10日。まだ2ヶ月経っていない。

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