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どたんば哲学

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[030]世界の躍動

  

 

2006年秋、長男の教育の形をホームスクーリングでいくと決断した。

公教育である学校へ通わず、自宅や学校外の施設などを活用して自主的に勉強していく。

日本では、義務教育の制度をとっている。これがまた、ものすごく勘違いされている。つまり、「子どもは学校へ行かないといけないと法律で決まっている」という誤解だ。これが間違いであることは、私も長らく気づかなかった。気づいたのは、大人になって、不登校に関わり始めて、憲法第26条をあらためてじっくり読み返したときだ。

義務教育とは、ずいぶん回りくどい規定だ。

ようするに、
・子どもにとって、教育は義務ではなくて権利である。
・大人は子どもに普通教育を受けさせる義務がある。

普通教育とは、次の3つを満たすものだ(教育基本法)
(1)各個人の有する能力を伸ばす
(2)社会において自立的に生きる基礎を培う
(3)国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養う

ここまでだと、学校はどこにも出てこない。

学校の位置づけはどうなっているかというと、
憲法「教育基本法に聞いてくれ」
教育基本法「学校教育法に聞いてくれ」
学校教育法「保護者は学校に就学させる義務を負う」

教育は子どものためにあるのであって、義務教育というのは、子どもの権利を実現するために大人が責任をもたなくちゃいけないということだ。

教育基本法がいう普通教育は、当たり前だのクラッカー(←オヤジか!)であり、学校でなければならない理由にはならない。学校とは、子どもの権利を実現するためにある。いろいろ調べたが、法律の専門家の解釈もそうなるらしい。つまり、「学校へ行かなければ法律違反になる」という法的根拠はない。普通教育をさせなければ、法律違反に問われるかも知れないが。

ホームスクーリングとなると、必ず問われることが4点ある。
(1)法律・・・違法ではないが合法という根拠もない
(2)学力
(3)社会性
(4)子の同意

これらにきちんと答えられるよう準備することが不可欠だ。
(2)(3)(4)の答えは、どこを探してもない。私たちの責任で、私たちの努力で用意するものだ。この3つは、いずれも、親として、非常にしんどく重い問題だ。なぜそこまでするのか。学校へ行かせれば簡単なのに。「簡単で楽」なのは親の都合だ。子どもの将来とは無関係だ。

前回お話ししたように、(2)(3)(4)は少しずつ整理できつつあった。

そして、わが家はホームスクーリングでいくと、カミングアウトした。

村の教育委員会の次長がわが家へ来た。非常に和やかな対談だった。覚悟を決めていた私は拍子抜けした。行政が責任を果たすためにも、わが子が村の小学校に在籍している形をとる。「村はちゃんとしているのだが、親が勝手なことをしている」というわけだ。私もむやみに行政や学校を混乱させたくない。「勝手な親」は、いっこうにかまわない。そのかわり、行政や学校が必要以上に干渉しないことを求めた。

以後、ここまでの5年間、なんの問題も起きていない。

私の父は、小学校の教員を勤め定年退職したが、近年の学校教育に大きな問題が生じていると感じており、ホームスクーリングを理解している。地域の人たちからも、何も言われず、子どもたちもふつうにおつきあいしている。意外なことに、教育現場と縁がなさそうな大人は、ホームスクーリングを良いことであるという人が多い。やはり、近年の学校教育がおかしくなってしまったと強く感じているようだ。教育委員会や学校との関係も良好だ。児童相談所がわが家へ来たこともあるが、様子を見て、すぐに帰っていった。京大の先生方は、ホームスクーリングを推奨はしないが、否定もされない。むしろ、近年の学校教育を考えれば、そのような形もありうるのではないかという反応が多い。学校教育の中にいる方々(学校の先生や親御さん)の中には、ホームスクーリングを否定したがる方もたまにいる。ホームスクーリングが成り立てば学校の存在意義が脅かされると感じているようだ。

私は、ホームスクーリングを始めるとき、そうとうな反発や障害があるものと覚悟していた。でも、何もなかった。まったくなかった。ホームスクーリングを実践される方々は、周囲の無理解やおおいなる困難と闘いながら進めているケースも多い。私たちは、なんと幸せで恵まれていることだろうか。

どたんば哲学による成果とも思える。そして同時に、大きく世界が変わり始めたとも感じる。胎動だ。

旧パラダイム(学校教育)の外にいる方々は、意外なほど理解や支援をしてくれている。旧パラダイムの内部にいる方々は、パラダイムの崩壊を怖れているように見える。

いよいよ「その時」が近づいているのかもしれない。

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