世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする

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どたんば哲学

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[033]田舎と世界

  

 

選択は、力である。どたんば哲学は、選択の力である。

「世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする」

しかし、自分の力がはるかに及ばない事象もある。そういうときは、あきらめるしかないのだろうか。不平、不満をつぶやき、嘆き暮らすしかないのだろうか。

田舎の過疎問題は、ずいぶん前から言われている。日本人なら、だれでも承知しているだろう。田舎の若い子たちが、都会へあこがれて都会へ出て行く。農家の跡継ぎが地元に残り、家を守り、地域の文化を伝えていく。そんなイメージがあるだろう。

地域によって事情はまちまちだが、かつては、そうひどい状況でもなかった。それなりに若い人たちもいて、それなりに子どももいて、それなりに産業があって、それなりに農家もやっていけて、ぜいたくはできなくてもそれなりに豊かに暮らしていた。

それは、2000年ごろまでの話である。以降は、大きく変わってきた。

私は田舎の過疎化を4つのフェーズにわけて見ている。だいたい全国どこでも似たようなものではないか。

第1フェーズ(1960-2000)「過疎のゆるやかな進行」出ていく者と残る者
第2フェーズ(2001-2006)「過疎の急激な進行」地方の閉塞
第3フェーズ(2007-2010)「崩壊と消滅」産業が消え、少子高齢化が加速
第4フェーズ(2011-)

第4フェーズの中味は、怖くて書けない。(物語がもう少し進むと避けられないが)

田舎の社会は、持ちつ持たれつの、お互い様だ。どこかにほころびが出ても、お互いにカバーできてしまう。しかし、構造的な問題が生じると、ドミノ倒し的に総崩れとなってしまう。

第1フェーズでは、過疎は田舎と都会との関係で生じていた。

[都会]
若者  →
生産  ←→ 消費
労働力 ←→ 工場
←  公共事業

田舎は食糧・燃料を生産し、都会がそれを買う。
都会の企業は田舎へ工場を造り、田舎が労働力を提供する。
だから、公共事業などの再配分は当然だった。

しかし、第2フェーズ以降は、こう変わった。

[日本の都会]
若者  →→→

[日本の都会]
生産  ←→ 消費
労働力 ←→ 工場

日本の都会を支えているのは、世界の田舎である。日本の田舎は、存在意義を失いつつある。今までは、「価値の提供」ができていたが、今は、価値の提供ができなくなりつつある。必然的に、田舎の経済は行き詰まる。公共事業などの再配分も大義を失う。そして、人口は急速に減少していく。生活が成り立たなくなっていく。先を争うかのように都市へ逃げ出す。まるで沈みゆく船から脱出するかのごとく。

第3フェーズで、それがはっきり形をなしてきた。もはや、どうにも手の打ちようがない。

政治が悪いとか、不景気だとか、そんなちっぽけな問題ではない。(と、私は見ている)
世界が大きく構造を変えつつある。日本国内だけでは解決できないだろう。ましてや、1つの村、1つの地域では解決できない。

でも、意外と、行政も地域住民もこのような見方はしていなかった。だから、「地域活性化」という言葉が踊っていた。踊っても踊っても、フェードアウトしていくだけだったが。

私たち個人の力では、とうてい太刀打ちできない問題だ。では、あきらめるしかないのか? 嘆き悲しむしかないのか?

そんなことはない。と、信じたかった。

でも、どうすればいいか、かいもく見当が付かなかった。

それでも、私たちは、挑戦をやめなかった。

京都大学との野殿童仙房生涯学習推進委員会、アルファコープ(現、生活クラブ生協大阪)のセカンドスクール活動は、2年目の2007年もなお、発展していた。

かたや、地域の生活基盤は崩壊しつつあった。私は、建設会社の社長と毎日、話し合った。そして、森に注目することにした。もはや、森に経済的価値はない。何の利用価値もない。たんなるお荷物だ。田舎の人たちは、そう見ていた。だからこそ、そこにフォーカスすべきではないだろうか。

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