世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする

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どたんば哲学

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[034]森が盛り上がる

  

 

なんだ!このタイトルは!オヤジギャグではないか!
はい、すみません・・・  (^.^)ご(-.-)め(__)ん(-。-)ね(^.^)

田舎の人は、森をかえりみなくなった。昔、といっても40年ほど前までは、炭焼き、薪づくり、材木、椎茸の原木などで、森が手入れされ、ほどよく利用されていた。人間と森が良いおつきあいをし、森もいきいきとしていた。これが里山だ。そして、これが普通だった。

最近は、森に経済価値がなくなり、森を手入れしようとしたら、コストがかかるばかりで、何も返ってこない。だれもそんなことをしなくなった。森に関わっていたら、生きていけない。お金になると言うことは、価値があるということだし、誰かがそれを必要としているということだ。お金にならないということは、言い換えると、だれも必要としていないということだ。

田舎の人たちが目を向けているのは、都会だ。

が、行き詰まったときには、常識と逆を考えればよい。

2005年に、無臭養豚から発想を得て、自然の仕組みを生かした農業を試行錯誤していたが、法制度のひずみによって、休止していた。しかし、多くの人が無価値と見るものの中にこそ、未来があるのではないかという思いは、ますますつのっていた。

2007年春、京都府がモデルフォレスト事業を始めたと報道で知った。モデルフォレストとは、カナダで始まった運動で、行政、企業、市民団体、地域、森の所有者などが対等の立場で協働し、森をどのように守り育て、どのように活用していくか、一緒に考え、取り組んでいく試みを言う。京都府知事は、地球温暖化対策の世界的リーダーにポジショニングしつつあった。なんにしろ、よいことではないか。

人間が手を入れなくなった森は、木々がうっそうと茂り、光が射し込まず、木々がひしめき合って大きくもなれず、実もなりにくく、動物も住みにくく、かえって森が貧しくなっていく。その状態だと、光合成は進まず、二酸化炭素の吸収率が悪い。木を切らないことが自然保護ではない。木を適切に切ることが最も自然にとって良い状態だ。そうすることで、光合成が活性化され、地球温暖化対策に役立つ。

とはいえ、森の整備はもはや利益を生まないので、公益事業として再構築しないと成り立たない。そのための、京都モデルフォレスト運動なのだ。

夏には、事業が動き始めていた。

これに参加しても、何もお金にならないことは十分承知だが、森が生み出す経済価値を見いだす手がかりになるかもしれないと考え、建設会社の社長と私は、京都府へモデルフォレスト候補地として名乗りをあげに乗り込んだ。ターゲットは、社長の私有林であり、雑木林だ。

「いやぁ、民間の方が立候補してくれはったんは初めてですよ。いまのところ、参加したいという企業さんはたくさんあるんですけど、受け手の側がねぇ。自治体さんにお願いしてやってもらってるんです。それも、植林ばかりでね。自然林の話は初めてですよ」

なんにつけ、「他と違う」というのは、良いことである。

その後まもなく、京都府の担当者が現地視察に来た。

とはいえ、私たちは、行政が何かをしてくれるということにつき、何の期待もしていなかった。

そして、私たちは、自分たちでじっさいに森の中をぐるぐる歩いた。私も、15年童仙房に住んでいるが、まともに森の中を歩いたのは初めてである。しかし、驚くことなかれ、山の所有者である社長も、自分の山をほとんど歩いたことがない。発見の連続であった。

なにより大きな発見は、「山を歩くことが楽しい」ということであった。

「楽しい」ということは、「価値」ではないのか?

地元でこう言うと、まず笑われた。

10月、京都府から連絡があり、積水化学工業さんが森を見たいと言っているとのこと。さっそく私が、案内した。森は広大である。

「もし来てくださるんだったら、積水さんは積水さんのできるように、やりたいように、できることをやっていってくださったらいいですよ。私らもいっしょにさせていただきます」
と、私は言った。社長と打合せをしていなかった発言だが、まちがいなく、社長も同じ気持ちである。

京都府さんはこっそり言った。
「積水さんは、もうフィールドが決まっていますよ。だから、この話は進みません。ちょっと見ておきたいってことなので、連れてきただけです」

そらまぁ、そうやな。積水化学工業といったら、日本人で知らない人はいない。そんな大企業が、誰も知らないちっぽけな無名の山奥の地域に、そう簡単に来てくれるはずがない。

ところが、どっこいしょ。

年が明けて2008年2月、京都府から連絡があった。積水さんは、童仙房をフィールドとして、モデルフォレスト活動をしたいとのこと。

どたんば哲学が作動したのだろうか。

「世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする」

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