世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする

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どたんば哲学

どたんば哲学

[036]奇跡と成長

  

 

2008年1月、第4子が誕生した。
逆子で切迫早産で、さんざん緊急で危険だと言われ、1ヶ月入院し、なんとか臨月間際まで持ち、帝王切開を予定したとたんに、逆子のまま、自然分娩であっけなく産まれた。「あの騒ぎは何だったんだろう?」と言いたくなるほど安産だった。もちろん、病院の先生や看護士さんたちの献身的な支えや、私の勤務先、そして私たちの両親の大きな支えがあってのことで、感謝に尽きることがない。

その一方で、私たちはどうだったかというと、とにかく、今、目の前にひたすらフォーカスした。不平や不満や絶望はなかった。こんなにたいへんな状況でも、今日もぶじに乗りきったと、毎日毎日、病院にも勤務先にも両親にも感謝、感謝だった。私の力でどうにかなる部分はほとんどない。自分は自分で一生懸命生きるしかないのだが、この状況で力が及ぶ部分はあまりない。

それは、よりこも同じ。病院を信じ、家族を信じ、おなかの赤ちゃんをいたわることが、今、目の前だった。

自分の力がちっぽけなもので、多くの方々に支えて頂いていると実感するとき、なんとかしてお返ししなければ、という気持ちが、とめどなくわいて出る。

どたんば哲学はこういう側面もあるのではないかと思う。

すると、どたんば哲学が作動するとき、必ず付随して起きるのが、自らの成長だ。

第4子誕生の際には、子どもたち(7歳、4歳、2歳)が、みるみるうちに変わった。困難を乗りきるため、自分のできることを見つけてやりだした。下の子のお世話、食事の準備、片づけ、洗濯。パパに負担をかけないよう、気づかってくれた。

3人とも、サンタクロースを信じていた。ママは、「今年はサンタさん、具合が悪くて来てくれないと思うよ」と、子どもたちに言った。パパは、「きっと来てくれる」と言った。

長男に、サンタさんの正体をこっそりカミングアウトした。長男は、なかば気づいていたかもしれない。パパは、長男に協力をたのんだ。クリスマスの少し前、ばあばと子どもたちをつれてショッピングセンターに行った。ばあばと、長女、次女が食品売り場にいる間に、私と長男が、トイザらスでプレゼントを買った。もちろん、長男の分も。

そして、イブには、ちゃんとサンタさんが来た。「いつも助けてくれてありがとう」と、サンタさんは、眠っている子どもたちにささやいた。サンタさんは、きっと、1人ではない。たくさんの人たちの、人を愛する心を、サンタさんは背負っている。

いつか、この子たちも、多くの人たちに幸せを分かち合うような人生を歩いてほしい。サンタさんは、そっと祈った。

産まれた4番目の子は、三女だった。臨月に2日早かったが、未熟児とはならず、通常の育ち方をした。出産後は問題もなく、最短で退院できた。切迫早産は保険適用外なのだが、逆子は保険適用となるため、切迫早産で入院されている方より、うんと安くすんだ。とはいえ、かなりの出費だった。

不思議なことに、とても不思議なのだが、退院の日の帰り道、ふと立ち寄ったその場で、予期せぬ収入をいただいた。お祝いやお見舞いではない。純粋に、過去の仕事の追加報酬だった。私が期待していなかったものなのに。それがまた、病院に支払った自己負担分とぴったり同額だった。

困難があればあるほど、人は成長する。成長するということは、自分がいかに小さな存在であるかとつくづく思い知ることだ。だからこそ、世界を救いたいと、心底思う。奉仕ではない。自分を減らし、他へ与えるのではない。貢献だ。与えれば与えるほど、自らも成長する(増える)。

三女誕生後、モデルフォレスト活動が動き始めた。

2月には、積水化学工業のCSR部の方が森を見に来られた。どのような活動を展開するか、いっしょに考えた。

森には、名前がない。名前がなくては都合が悪いので、私が「仙の森」と名づけた。童仙房から1字拝借し、「千の風」にちなんだのだが、それは、トップシークレットである。由緒ある森だと、多くの人がそう思い、役所も「仙の森」という名前を用いている。そのうち、地図にも載るだろう。ごく最近、私が安易な発想で命名したものだという真実は、誰も知ることなく、いつの間にか物語がうまれ、レジェンドとなる。

仙の森の歴史が始まろうとしている。

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