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どたんば哲学

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[038]冒険

  

 

地元の人たちが、すっかりかえりみなくなった森。そこへ人を寄せたいと言ったら、笑われた。

しかし、誰でも知っている大企業が来た。

アルファコープ(現、生活クラブ生協大阪)も、森で活動を始めた。

ほかに、いろんな団体が森へ来た。見捨てられた森だとは、信じられない。

仙の森は、こう言ってはなんだが、とくにどうと言うことのない、ごく普通の自然林だ。屋久島のようにりっぱな森でもなく、京都・北山杉や奈良の吉野のように立派な植林でもない。ごくごくありふれた、どこにでもありそうな、ふつうの森だ。

小さな川が流れている。小さいのは当然だ。源流なのだから。そこら中から水が湧いて、川へ流れ込んできている。これは、大阪で一番の川・淀川の最初の一滴だ。大きな川の始まりが、ここに見られる。

仙の森のすぐ下流に、不動の滝という、落差20メートルの岩盤の荘厳な滝がある。積水拠点からわずか50メートルほどの下流だ。京都府は滝が少ないので、ここの滝は府下5本指に入ると言われている。山の頂上付近にこのような大きな滝があるのは、何とも神秘的だ。不動の滝には、地域外からも多くの人が訪れる。

ところで、不動の滝より下流に、もっと荒々しく人が容易に近づけない渓谷がある。私は、建設会社の社長と一緒に、この渓谷を踏破し、危ないところにはロープやチェーンを設置し、ルートをつくった。距離はわずか(400メートルほど)だが、ゆっくり行けば2時間近くかかる。
http://souraku.net/forest/sen_forest/04-01_canyon.html

仙の森の一環に、渓谷巡りを設定した。かなりの難所である。危ないところもある。それを承知で、今まで、多くの人を案内した。

中学生たちを連れて行ったとき、その中に、引きこもりの男子がいた。彼は、渓谷の入口あたりでは、ポケットに手を突っ込んで歩いていた。やがて、歩きにくいところへさしかかると、自然とポケットから手が出た。さらに、危ないところへさしかかると、自然と声が出て、他の子たちと声をかけあうようになった。不動の滝まで帰ってくると、子どもたちに一体感が醸成されていた。わずかの時間だったのに。

このような冒険は、今の時代は受け入れられないだろう。

しかし、ここへ連れてきた大人の多くは、ほぼ同じことを言っていた。
「こういう冒険が、大事なんですよ。今は、あぶない、あぶないって言い過ぎる。危ないことをさせないと、子どもは本当に大事なことを学べない。これはほんとうに大事なことなんだ」

中学生、高校生は、男子も女子も、この冒険をとても喜ぶ。

小学生は、親が同伴しないと連れて行かない。小学生には、しょうしょう荷が重いかもしれない。

とはいえ、私は自分の子を連れて行った。長男が7歳の時。初体験で、何とか自力でクリアした。とても怖かったが、わずかの時間でうんと成長したように思った。もちろん、長男がいやがれば連れて行かない。何としても行きたいと、本人が強く言ったのだ。

その後、長男はなんども渓谷に行っている。初めてのおとなたちをナビゲートしている。

半年後、4歳の長女が渓谷に行きたいと言い出した。さすがに無理だと思った。長女は、幼い頃から、慎重派でこわがりだった。行けるわけがない。

それでも、長女は、ダダをこねるように行きたがった。途中で引き返すつもりで、連れて行った。怖がることなく、最後まで歩き通した。同行した私は、不動の滝まで戻ったときには、いっきに緊張が解けてへたりこんでしまった。長女は、あっけらかんとしていた。この子、いつの間に強くなったんだろう?
http://souraku.net/blog_forest/2008/03/08/29.html

子どもを渓谷へ連れて行くのは、怖い。他人の子なら、こんなことはできない。

でも、そのぶん、子どもたちはわずか2時間でびっくりするほど成長する。だれにでも勧められるものではないが、やはり学びに危険やリスクが必要だろうと思う。ほんとうに、危機と背中合わせなのだが。リスクヘッジや危機管理を学ぶには、危機やリスクを経験することが最適なのではないか。

渓谷はたいへんだが、不動の滝の横を上り下りするのは、うんとお手軽だ。20メートルの滝の横の急斜面に、ロープやはしごを設置してある。運動が得意でない都市の小学生は高学年でも苦労するようだが、不規則な動きになれている幼児にとってはなんでもない。大人がついていれば、そう危ないものでもない。
http://souraku.net/blog_forest/2009/07/11/316.html

仙の森は、どこにでもある森だが、皆が避けていること、忘れてしまったことをあえて採り入れれば、ユニークな森となる。釜でご飯をつくることもそうだ。
http://souraku.net/blog_forest/2008/09/06/48.html

田舎はダメだ、と、田舎の人たちは思い込んでいる。そう思いたいのはよくわかる。でも、まだまだ試していないことがたくさんあるはずだ。まずは、自分たちの「思い込み」という殻を脱ぎすてなくちゃ。

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