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どたんば哲学

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[039]熱中症で死にかける

  

 

2008年、積水化学工業とのモデルフォレスト活動がスタートした。

その年の夏は、猛暑だった。8月上旬、現場作業をしたが、とても暑い。午前中、滝のように汗が出た。午後、さらに多量の汗が出て、多量の水を飲んだ。暑さでふらふらになった。17時、作業を終えて、自分の軽トラで帰路についた。走り始めた頃の様子は覚えているが、40分ほどかかるはずの道中を覚えていない。どうやって運転して帰ったのかわからないが、ぶじ帰ったので、どうにかして運転したのだろう。

家に着いた頃は、ろれつも回らず、まともに歩けない状況だった。

私のただならぬ状況を見て、よりこは、すぐに横にならせたが、私の体が異常に熱かったそうだ。私はすでに意識が混濁し、動けなかった。これがうわさの熱中症ではないか?とピンときて、インターネットで検索した。救急車を呼んでも、病院に着くまで1時間近くかかってしまう。そんな余裕はどうやらないらしい。体が熱い場合はすぐに冷やさないといけないとのこと。

わが家には、というか、童仙房の家庭には、クーラーはない。標高400〜500メートルの高原気候であるため、扇風機だけでしのげる。

よりこは、私のそばに扇風機を2台置いて、強風であおり続けた。30分ほど強風を当て続けると、少しずつ体の熱さがおさまってきた。それにつれて、徐々に意識が戻り、体が動くようになった。2時間ほどで、普通に起きられるようになった。

これで大丈夫だと思い、翌日、再び現場に行った。曇りがちで過ごしやすく、甘く見た。帰宅後、同じ症状が出た。意識朦朧。寝込んだ。

翌日、病院へ行った。典型的な熱中症とのこと。レントゲンやCTスキャンでは、脳に異常がなかった。血液検査は、NGだらけ。熱で体組織があちこち痛んでいる証拠だとのこと。入院と言われるのかと思っていたが、そのまま帰った。今後の注意事項は、特に指示がなかった。

熱中症について調べてみる。

体が異常に熱くなるのは最終段階らしい。卵に熱を加えれば、どこかの段階でタンパク質が変質し、元に戻らなくなる。熱中症も同じ。そこまでいくと、命が助かっても障害が残るそうだ。もし、よりこが扇風機であぶらず、救急車を呼んでいれば、助からなかったかもしれない。

その翌日、村のイベントにスタッフとして参加。炎天下。よりによって、私の担当は、薪を燃やし、釜でご飯を炊くこと。長男を横につけておき、少しでも体が熱くなりかけると、川につかって冷やした。ビクビクしながらの活動だった。

しばらく安静が必要だと思い、10日間ほど、屋外作業をしなかった。

お盆明け、現場へ出た。現場で倒れた。運転できなかった。よりこに迎えに来てもらった。

それからは、ぐっとひどくなった。屋外にいると、すぐに、脱水症状を起こしかける。30分を超えると、立っていられない。猛烈なノドの渇き、めまい、息切れ、虚脱感。

再び病院へ行った。MRIもとったが、脳、内臓に損傷は見られないとのこと。どう考えても熱中症の後遺症に違いないのだが、医者は、後遺症を認めず、注意事項は特にないと言った。

ネット上の情報によると、熱中症は、一度やっちゃうと、再発しやすくなるらしい。しかし、じっさいに再発したという人、あるいは何度も繰り返したという人の体験談は見あたらない。どの程度気をつければいいのか、見当がつかない。

しばらく屋外作業をしないようにした。仕事だけでない。積水とコープの森の活動も、同行するがなるべく木陰でじっとしているようにした。

10月末から、ときおり現場に出た。かなり涼しくなっていた。昼食は食べられず、夕方まで体がもたなかった。熱中症の後遺症かどうか、なんともわからなかったが、今から振り返ると、間違いなく熱中症の後遺症だった。涼しくなってもなお、運動することで発する体内の熱を体が処理しきれないようだ。

なるべく屋外での運動を避けた。

冬の間は、症状らしいものはなかった。

翌、2009年、もう大丈夫かと思ったが、6月以降は頻繁に熱中症の症状が出た。それも、あっけないほど簡単に。だから、何度も何度も繰り返してしまった。

2010年も、同じく、何度も何度も症状を繰り返した。現場で倒れて意識を失ったこともある。そのとき、病院へ行くと、電解質異常を起こしていると言われ、点滴を受けた。脱水症状により、塩分が足りなくなっていたのだ。後日、別の病院へも行ったが、検査で把握できるような異常はなかった。

しかし、これ以上屋外へ出ると、命が危ないのではないかと思えた。そこで、2010年夏以降、屋外作業と長時間の運動を厳に慎んだ。

熱中症についての情報がなさ過ぎる。医療機関でも適切なアドバイスをもらえなかった。いちがいに言えないだろうが、いちど重度の熱中症を経験したなら、少なくとも1年以上、あるいはもっと、屋外作業と長時間の運動を避けるべきではないか。そのような情報は見かけない。もしかすると、私は日本一の熱中症経験者かもしれない。これは、無知から来る不名誉で恥ずべきことだが。

このような、マイナスにしか思えない出来事でも、「私の成長と発展」につながる。すべての出来事は、気づきや成長を求めていると言われる。熱中症が、その後、私の人生を転換点に導くことになっていく。

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