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どたんば哲学

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[040]田舎の曲がり角

  

 

日本一の熱中症経験者(←自称)ならば、そこから得られる気づきは成長は、日本一のものであるはず。

めちゃくちゃな理屈であることはわかっているが、マイナスをプラス反転させることに躊躇はいらない。この反転(転換点)は、2010年のこと。

その前に、その転換点につながっていく大きな流れについてお話しさせてください。

童仙房には、高麗寺という韓国のお寺がある。広大な敷地に、韓国風の色鮮やかなお堂がそびえる。僧侶も信者も、在日韓国人。最近、やや停滞気味だが、私が童仙房に来た当時は、お供え物のおさがりをときどき地域のご家庭に配ってまわっていたし、年に一度の大祭時には、地域住民も参拝していた。

1997年、巨大テントのイベントをやったときには、高麗寺も出店し、日本人と一緒に踊りを踊っていた。

2008年秋、高麗寺の方が、童仙房でキムチづくりをやってはどうだろう、と持ちかけてきた。建設会社の倉庫を工場として使い、地元で野菜を栽培して原料とし、韓国人がキムチをつくる。美しい絵が描けそうだ。

農産物は、そのまま売るのが最も価値が低い。加工すれば、価値が何倍にもなる。これは、よく知られていることだ。田舎で特産品の開発というのは、食品加工を意味することが多い。

食品加工は許認可が必要だが、キムチは「漬け物」にあたり、最もハードルが低い。保健所への「届出」でよい。もしあなたがキムチづくりの商売を始めようとしたら、手続きは難しくない。なんだ、簡単ではないか。ところが、童仙房では、そうではない。

まず問題になるのは、水だ。

童仙房には、水道がない。全ての家庭は、井戸水を使っている。山の上なのに、地下水が豊富にある。川も流れている。しかし、業務で水を必要とするなら、52項目の水質検査を受け、全てがOKでなければならない。水道はすべてがクリアされているので、事業者がこのような検査をする必要はない。童仙房には水道がないがゆえに、この水質検査が異常にハードルが高く、事実上、事業はそうとう困難である。

このことが、童仙房の活性化をおおいに阻んできた。

童仙房の住民には、いまや、サラリーマンも多い。そのような方にとっては、自分の家の水がどうかという問題だけで、それ以上のものはない。童仙房で何らかの事業をしようとすれば、食品加工、飲食、宿泊など、田舎を生かす事業であるなら、水は避けられない。このような田舎らしい事業が不可能といって良いほど難しいのだ。

工場の井戸で、水質検査を受けた。もちろん、かなりの金額である。とうぜんながら、52項目の中に、NGがある。自然の水だから、ミネラル分にあたる成分も入っているのだが、規定値におさまっていないなら、除去しないといけない。もちろん、毒になるような成分は検出されない。

ほとんどの事業者は、自前で水質処理施設をもっているわけではない。水質処理は、かなり特殊でニッチなカテゴリだ。インターネットで調べまくり、四国の専門業者にアプローチした。相談のうえ、その装置を、かなり高額で導入したが、なかなか数値が下がらない。そうとう困難な調節を繰り返して、ようやく、数値が下がった。

保健所も気の毒がっていた。(←じゃあ水道ひけよ!!)

2009年1月、井戸水もOKとなり、営業届出が受理された。これで、いつでも営業可能である。

ところで、キムチをつくっている業者は数多い。私たちは、当面、大量生産ができないので、付加価値の高い売り方をするしかない。

試作品をつくりつつ、付加価値を追求していった。

ところで、私たちが水質処理で悪戦苦闘していた頃、衝撃的な出来事があった。村で一番の大企業である建設会社が倒産したのである。同じ年、2008年の秋には、ひとあし早く、別の建設会社が倒産した。南山城村には、地域に本社があり、そこそこの規模の工事を受注することができ、地域住民を雇用していた建設会社が4つあった。1つは、2004年に倒れた。さらに2つが、2008年に倒れた。残っているのは、私たちだけだ。

地域に根付いた建設会社は、重要な存在だ。雇用を提供するだけでなく、積雪時の雪かき、災害時の応急処置という役割を担っている。建設会社の倒産は、地域に起きる危機へ対処する手立てがなくなることを意味する。

村の商工業者は、2006年から2007年にかけて、農業と建設以外の業者が、かなり消えた。2008年は、建設がほぼ消えた。

これは、怖ろしい流れである。村内で生きる手立てがなくなっていく。このまま行けば、サラリーマン以外の生活が成り立たなくなる可能性がある。

キムチ事業、成功させねば・・・

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