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どたんば哲学

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[042]森を堪能

  

 

2009年3月、田舎で働き隊が総力をあげて、伝統ある由緒正しい(←し〜ぃっ!)仙の森の価値を見いだした。気づきと創造である。

そのきっかけとなったのは、アルファコープ(現、生活クラブ生協大阪)のメンバーへのインタビューである。

アルファコープの活動は、最初は、廃校跡を利用し、組合員のお子さんのセカンドスクールを目的として始めたものだが、2008年からは、森も活用し始めた。セカンドスクールは「がっこう」と呼んでいる。森の活動は、「がっこうの森をつくり隊」と呼んでいる。

その後、森の活動は独自に進化しつつあった。

子どもより、むしろ大人が中心となってきた。大人が、森に、はまりだしたのである。うっそうと茂った木々を間引きながら、切った木を薪にしたり、拠点作りの材としている。階段、テーブル、遊具(はしご、ブランコ、工作)、屋根の骨組みなど。

本来なら、木々を切って何かを自由に創るというのは、子どもの遊びの範疇なのかもしれない。しかし、学校教育で慣れ親しんだ子どもたちは、そんなことはしないし、考えもつかない。じっさい、学校教育で慣れ親しんだ子どもたちをいきなり森の中へ連れてきて、ほっておくと、何もできない。ただ、ぼーっとしているだけだ。

大人たちも、学校教育で慣れ親しんできたのだが、社会に出て、家庭をもつと、「誰かが段取りしてくれないと何もできない」というばかりでは生きていけないことに徐々に気づき、少しずつ、自分で考えて行動することを学び始める人もいる。(そうでない人も多いが)

こう言うと、○×思考にどっぷり浸かった人から横やりが入りそうだ。「学校を否定するのか!学校をなくして森だけでなんでもやっていけるというのか!」と。ああ、目に浮かぶ光景だ!! (^0^;)

もちろん、学校教育の中の単なる一面に触れているに過ぎない。

そして、じつに、森、というか、自然は、○×思考の対極にあるのだ。○×思考の信者は、森に入ると、身動きできない。とはいえ、どうにかしなきゃならんので、どうにかしようとすると、自然に○×思考がはずれてくる。

それが、たいへん心地よいのだ。枠にはまって生きてくると(多くの人はそうなんだろうけど)、枠からはみ出ることに恐怖を感じる。そして、自分で自分にさらなる制約を設けていく。だから、年をとるとともに、できないことやあり得ないことが、増えていく。人生はそんなもんだと思う。そして、若い世代に、人生はそんなものだと教える。若い世代は、人生はできないことが多いのだと学んでいく。

森へ入ると、がらり一変する。制約がなさ過ぎることが、非常に厳しい制約だと感じてしまう。不思議なことだが、多くの人にとっては、自由こそが最大の不自由なのだ。

念のために行っておくが、これは、仙の森に限った話だ。他の森では、普通は自由な活動は許されていない。

不自由きわまりない(?)森で活動していくうちに、必然的に自分の枠が取れていく。すると、恐怖と思っていた「枠の解除」が、じつはトンでもなく快感だと気づき出す。さらなる枠の解除を求めるようになる。

これが、森が持つ創造の力の正体だ。

こんなことは、誰にも教わっていない。私が現場を見ながら思いついたことだ。

由緒正しい(←し〜っ!!)仙の森は、電気もないし、人家からも離れているし、本当に山の中だ。自然以外は何もない。

作業道があって、自家用車はなんとか入れる(運転に自信のない人はやめた方がいい)。

2009年9月、コープの精鋭部隊(と私が名づけた面々)が、連休に森へ来た。廃校跡で野営するつもりだったが、ふと、「森でキャンプしてみようか」という話が出た。今までは考えてもみなかったことだ。精鋭部隊は、アウトドアの達人たちである。それでも考えが及ばなかったほどの森だ。

わが家もいっしょに、森でキャンプした。

夜は、野生動物の鳴き声や足音が聞こえる。(うちの家ではふつうのことだが)
電気がないので、拠点から少しでも離れると、闇である。
ランタンを照らしながら、夜遅くまで酒を酌み交わし語り合う。
子どもたちは、キャッキャッと遊んでいたかと思うと、いつの間にやら、寝ていた。

http://souraku.net/blog_forest/2009/09/20/382.html

http://souraku.net/blog_forest/2009/09/21/395.html

http://souraku.net/blog_forest/2009/09/22/415.html

http://souraku.net/blog_forest/2009/09/26/431.html

http://souraku.net/blog_forest/2009/09/27/445.html

またひとつ、枠がはずれた。

一方で、地域の衰退は足音をひびかせながら進んでいる。

ここにも、はずすべき枠があるのだろうか?

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