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どたんば哲学

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[044]副業を考える

  

 

2009年秋、どうやら、地域がどうにかなっていく可能性が尽きたように見えた。童仙房にも、サラリーマンや公務員は少なくない。こういう方たちは、危機はさほど感じていないかも知れない。

しかし、地域に立脚して生計を立てている人は、危機感がつのってきた。

田舎と言えば、農業だと、都市の人は安直に思う。じっさいのところ、農業で生計を立てることは易しくない。1980年代までは、まずまず農業主体でもそこそこの暮らしができたらしい。1990年以降、世界の潮目が変わってきた。

農業は、単価が下がり、売上が下がり、コストが上がるという流れが続いている。

機械化が進むと、収量が増えるので収入が増えるかというとそうではない。収量の増加分以上に単価が下落する。機械化すればするほど貧しくなるという構造がある。それに抗するには、けたはずれの機械化をするか、特殊な価値を付加するか、となるが、一般には、なかなか厳しい。

さらに、外国産の農産物の輸入増加も拍車をかける。

いっぽうで、コストは増える。肥料高騰、機械の償却・・・

さらに、農業収入は不安定なので、安定収入が欲しいところであり、多くの場合、農家は副収入を持つ。その代表的なものが、土方だ。土木工事は冬に集中する。農家の副業だからだ。公共事業があるがゆえに、農家の生活が守られ、農業が維持されてきたという事実を、都市の人はあまりわかっていない。

無駄な公共事業は悪とされ、削減が進んだ。もっともな話だ。そして、そのことが、農家の副収入の道を断ち、農家を追い詰め、農業を衰退させる。

公共事業削減の流れが従来の農家を疲弊させ、地域農業を破壊した。それは間違いない。とはいえ、悪いのは公共事業削減ではなく、公共事業に頼らねばやっていけない農業の構造上の問題であったと見るべきだろうけど。

公共事業が削減されると、農業が衰退する。
農業が衰退したら、地域内にお金がまわりにくくなる。
地域内にお金がまわりにくくなると、地域住民を相手にした商売が行き詰まる。

その結果、形として現れたのは、
まず商店や飲食店が急速に消えた。
次に、建設業が消えた。
そして、農業が消えつつある。

もはや、消滅のスパイラルである。
小さなエリアで生活に必要なものを配置する「スモールタウン」という発想があるが、何かが狂い出すと、連鎖反応でドミノ倒しが起きる。理想的なのは、地域内で完結させず、広い世界と様々な取引があることではないか。

いずれにせよ、私は、童仙房へ来て以来、かなりの部分を地域内に立脚して生計を立ててきた。そのあり方は、今まではよかったが、今後は続かない。

当時、私は建設会社社員だったが、会社の売上を考えると給料をいただくことが申し訳ない状態で、副業無しには生活が成り立たなかった。

田舎にも、それなりに現金を得る方法がいくつもあったが、2006年ごろから、だんだん少なくなり、もはや、副業の手段が身のまわりにはなくなった。要するに、地域に立脚していては、生計を立てられないということが、明らかになってきた。

私たちは、地域と無関係の副業を探し始めた。

まずは、だれでも思いつくところ、アフィリエイトだ。そして、ドロップシッピング。

これらでかなり稼いでいる人たちもいる。副業程度は何とかならないものだろうか。

とはいえ、アフィリエイトは、数年前から片手間にやってきたが、生活の足しになるほど成果を出すのは困難だとわかっていた。

ドロップシッピングに魅力を感じた。正月の間、ひっしにサイトづくりをした。何も売れなかった。ドロップシッピングをする人たちも多く、同じ商品を同じ説明で同じ値段で売っていた。客の立場で見ると、変に見える。

年が明けて2010年1月、さらなる手がかりを探していると、見たこともない副業の情報に行き当たった。怪しげなものではない。難しそうだが、やってみる価値がありそうだ。

それは、個人輸出だ。

考えたこともなかったが、確かに世界は広い。私は井の中の蛙だったかもしれない。

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