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どたんば哲学

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[083]物質と精神

  

 

20世紀は、物質がすべてという考え方が世界を支配していました。心や精神は否定されるか、隅へ追いやられるかし、全てを物質で理解しようとしてきました。そして、物質は、ものすごい勢いで発展し、短期間に豊かさを築き上げました。

その反面、置き去りにした「心」の部分の問題が非常に大きくなりつつあります。道徳の衰退、利己主義、経済偏重、拝金思想。重大な問題ですが、いま私が言おうとしているのは、そういう道徳的な話ではありません。

20世紀、物質が大発展した奥に、何が働いたのか?ということです。私たちは、何によって、莫大な豊かさを生み出したのでしょうか?

20世紀の成功者たちは、創造の原理を使っています。「偉大な成功者」と言っていないことに気をつけて下さい。偉大でなくとも、創造の原理を使うことはできます。創造には、物質面での創造と、精神面での創造があります。20世紀にも偉大な成功者はいましたが、成功者も大勢いました。なにより、世界は、精神面の創造より、物質面の創造を強く求めました。

20世紀半ばまでは、世界は、欲しいものは他から奪うというあり方が主流でした。そこで、植民地支配、戦争、占領などが平然と行われていました。20世紀後半には、植民地は次々と開放され、戦争も局地的、限定的となり、ずいぶん平和な世の中になってきました。物質がじゅうぶん行き渡ると、他から奪うという考えから、分かち合うという考えにシフトしていきます。20世紀、物質至上主義であったのは、世界の偉大な発展と成長ではなかったでしょうか。

20世紀の成功者たちは、世界が抱えていた大きな問題を解決しました。物質的な豊かさをもたらしたということで。

さて、物質的な豊かさが行き渡ると、次に我々は、何を求めるでしょう? 健康、豊かな環境、平和、愛、心の平安、希望、自己実現、
幸せといったことです。

今、世界では、日本、欧米のように、ほぼ物質が行き渡った世界と、猛烈な勢いで物質面を発展させつつある世界と、まだ発展の糸口さえつかえめていない世界があります。先進国が20世紀につとめてきた役割、つまり物質的な創造は、新興国へ禅譲しつつあります。先進国は、精神的な価値を創造していく役割をつとめて行こうとしています。

ドラッカーは、ずいぶん以前から、21世紀は知的労働者の時代だと言っていました。今、ほんとうにそうなりつつあります。

世界が必要とする物質的な富は、新興国が創造してくれています。先進国は、精神的な富を創造し、世界中へ還元していくことでしょう。新興国が、物質的な富と、精神的な富を速やかに得られるように、そして、生存が脅かされている人々へ、創造が生まれるように、分かち合う。

これが21世紀の姿に違いありません。偉大な成功者たちは、いっせいにその方向へ向かおうとしています。

今まで私たちは、心を軽んじてきました。心や魂の存在をみとめず、脳を物質的に解明することで全てを説明しようとしてきました。精神というと、オカルトであるかのように扱ってきました。

世界は、最初から、すでに、完全な姿です。地球上に、無数の生き物がおり、多彩な自然があり、あまりに複雑に関係し合っているのに、壊れたりバラバラになったりしません。常に、発展・成長・進化をたどっています。ある一部を取り出してみると、不完全に見えるだけです。世界の完全さは、どう説明できるでしょう? 物質的な豊かさも、その過程で生み出されたものではありませんか?

偉大な成功者たちは、人智を超えた偉大な力の存在を信じ、まさにその力を使って成功をおさめたのだと、異口同音に言っています。個人が持つ特殊能力によるのではありません。偉大な力を使えばいいだけのことなので、誰にでも可能です。偉大な力は、言い換えると、世界の根本原理や法則という言い方もできます。

偉大な成功者たちは、信仰心が厚いです。でも、熱心な信者とは、一線を画しているようにも見えます。偉大な成功者たちの言うことを俯瞰してみるとこういう感じです。

偉大な力を信じること。それは、世界そのものを動かす原理であり、自分の心そのものでもある。自分が偉大だと信じよ。偉大であるがゆえに、世界の全てを愛する。自らがつまらない欲に溺れるのは偉大さではない。自分を律することの心地よさを知れ。偉大な存在(神仏)を深く敬え。ただし、偉大な存在に依存しようとするな。自分が偉大なつとめを果たすべし。必要なもの、能力、環境は、自ずからそなわる。成功に向けて疑うことなく邁進せよ。そして、成功は全ての人にささげよ。ただし、犠牲的な献身はダメだ。それは、自らの否定であり、偉大さに反する。自らに確固たる自信と尊厳を持ち、全ての人と世界に対しては、謙虚であれ。

宗教に熱心な方は、ややもすると神仏に依存し、服従しようとしがちです。自分の偉大さを引き出すことより、神仏に助けてもらおうというような。偉大な成功者たちは、自らが神仏と同じ存在に近づこうとします。そしてそれは、誰にでも可能だといいます。

この、世界を成り立たせている基本原理は、全ての宗教が持つ基本原理そのものですし、ビジネスであろうと、科学であろうと、自然であろうと、全ての人間の営み、世界の存在を成り立たせ、動かしている原理そのものです。この原理は、宗教や成功哲学はもちろん、世界中のあらゆる場面や文化に表現されています。

「幸せ」というものは、どうもこのへんにありそうに思えます。

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