世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする

モモナナじぇーぴー

メイン
どたんば哲学

どたんば哲学

[084]道が見えないのがどたんば

  

 

わが家は、2009年秋に副業を考え始めた時点ではどたんば状態ではありませんでした。何も手を打たなければ、行き詰まることは、その時点で明白でした。しかし、切羽詰まった危機感まではありませんでした。

2010年1月に始めた輸出が意外といけそうな手応えがあって、よっしゃあと思った3月ごろには、すでにどたんば近くであることを認識していました。でも、輸出で危機を脱出できると考えていました。

夏頃には、どたんば状態もカウントダウンが始まったとひしひし感じていましたが、輸入で克服できると考えていました。

2011年1月には、収入の道が途絶え、本格的にどたんばで、来月は来ないかもしれないという恐怖と闘い続けてきました。

3月には、ドクターモルツのサイコサイバネティクスをしたことがきっかけで、わが家のことをいくら考えても何の解決にもならないと気づきました。これは、コペルニクス的大転換でした。この時点で、どたんばの意味が大きく変わりました。とてつもないどたんばです。

以降、わが家が生計を立てることを考えても無意味なため、その考えをやめて、成功哲学の研究に打ち込んできました。

毎月、どたんばです。どたんばという状態は、長く続くはずがないのですが、どういうわけか、続いています。借金が雪だるま式に増えていくというほどのこともありません。じわじわと増えてはいますが、常識を逸脱したものではなく、好ましくないところからの借金もありません。なんとも不思議です。

どたんばが、だんだん深みにはまっていった感じです。まるで「ゆでガエル」ですね。カエルを暑い湯の中に入れると、あわてて飛び出します。ぬるい湯に入れると、そのままじっとしています。少しずつ湯の温度を上げていくと、カエルはいつまでも湯の中にいて逃げ出さず、湯であがってしまいます。

どたんばは、いきなり来るように見えることもありますが、たいがいは前段階があります。いきなり倒産やリストラに見舞われることもありますが、その前に、予兆があったはずです。人間、多くの場合、どたんばはゆでがエルです。

さて、私たちは、どたんばで何ができるでしょうか?

あーあ、もっと早く気づけば良かった。もっと早く手を打っておけば良かった。こんなことを嘆いても無意味です。

何とかしなければなりません。

私たちは、学校で何をならったでしょう?

目標を立てて、計画を立てて、真面目に実行して、計画通り進めば、目標達成。そして、試験で達成度をチェック。この方法を、目標管理型と名づけます。ビジネスでも、ほとんどの場合、目標管理型で進めていきます。PDCAサイクルがその形です。Plan(計画)→Do(実行)→Check(検証)→Action(改善と発展、次のプロセスへ)。この輪がスパイラル(らせん)的に上昇していくことが、発展と成長です。

私たちも、輸出入は、目標管理型で進めていきました。結果、発展と成長が生まれるスピードより速く、どたんば状態が進行しました。もともと、課題はとてつもなく大きかったのに、家族だけを何とかしようと考えるから、そもそも無理なことをやっていたわけですね。まさに、ゆでがエルです。

どたんばでは、目標管理型が通用しません。

どたんばからの脱出という目標設定は可能でしょう。しかし、そこへ到達する手立てがすべて途絶えてしまったのが、どたんばです。そこから抜け出る方法がないのが、どたんばです。だから、どたんばで目標管理型は無意味です。PDCAサイクルも無意味です。

このとき、どうすればいいのか、学校では習っていません。

私たちは、成功哲学から学ぼうとしました。偉大な成功者たちは、ゼロまたはマイナスからのスタートです。どたんば状態からです。彼らは、何を考え、何をしたのか。

全ての手立てがなくなったので、何ができたとしても、「奇跡」です。人為的に奇跡を起こすことは可能なのか? 運に頼らず、必ず奇跡を起こすことができるものなのか?

偉大な成功者たちは、全員が、だれでも可能であると、断言します。必要な前提条件は何もないといいます。何かの前提条件が必要ならば、どたんばでは使えません。

偉大な成功者たちがやっていることは、目標管理型とはまったく異なります。「創造」です。私たちは、創造をしようなどと考えませんし、そんなことができるとも考えません。創造は、天才か、神の仕事だと思っています。

しかし、どうやら、創造は、誰にでも可能だという結論に行き着かざるを得ません。そういう目で成功哲学以外の、宗教や科学や、様々な知見を見るに、創造を否定するものは見あたりません。唯一、創造を否定するのは、学校教育だけです。

私たちは、創造ができる。創造こそが、どたんばからの脱出を可能にする。そこに気づいたのです。

前へ前へ  TOPTOP  次へ次へ