世界を救うというミッションをもって、今、目の前にフォーカスする

モモナナじぇーぴー

メイン
どたんば哲学

どたんば哲学

[086]今、目の前が奇跡へつながる

  

 

どの宗教も、自分が置かれた状況や環境を大切にし、感謝の念を持って、真面目に、誠実に、勤勉に生きることを強く説いています。ここにも、何か真実が隠されていないでしょうか。

じつは、成功哲学が、これを強調するのです。

目標管理型の場合、目標を達成するために必要な手立てを考えます。それは、自分の環境や能力とは関係無しに、目標に対して必要なものを用意します。かたや、創造の場合、途中の経路はわからないので、用意しようがないです。

私たちは、目標管理型のみを教えられて来たので、創造のプロセスについては無知です。途中の経路がわからないという「非常事態」に耐えられません。そこで、途中の経路がわからないにもかかわらず、目標管理型の手法を適用しようともがいてしまいます。

自分のスキル、環境、状況を無視して、何か良さそうに見えるものに次々と手を出したり、ノウハウを集めたりしてしまいます。このようなやり方でどたんばを脱出することはできません。

偉大な成功者たちは、皆が同じことを言います。大きな成功をおさめるために、特別なスキルや資金や人脈や環境が必要なわけではない。むしろ、そのようなものが必要だと思っていては、成功はおぼつかないと。

大きな成功をつかむために必要なのは、創造のプロセスをたどることだけです。

「世界を救うというミッション」は不可欠です。でも、ミッションだけでも足りません。

私たち人間は、この世界に生きていますが、世界から切り離されたところに生きているのではなく、世界とつながって世界を成り立たせている存在として生きています。そして、私たちの心が世界そのものでもあります。

だったら、私たちにとって、自分が今いる環境、自分が今もっているスキルやお金や人間関係が、自分にとってのベストです。ベストというのは、今の自分にとってという意味です。これから望むような創造をもたらしていく出発点として、ベストなのです。創造が生み出される過程、創造がもたらされた後では、「今、目の前」は、違ったものになっていくでしょう。

でも、そうなる前、今の時点では、「今、目の前」がベストです。これを活用せずして、創造は生まれません。

もし、今、どたんばにいるなら、「今、目の前」は、最悪に見えるかも知れません。しかし、最悪に見える「今、目の前」こそ、創造の力を作り出す根源なのです。何もかもが不足しているように見えるでしょう。それでいいのです。

自分が毎日していること、取り組んでいること、大事にしていること、関わらざるを得ない問題。要は、どたんばに関して自分がなすべきことと、自分が思うことにフォーカスします。それ以外のことは切り捨てて、その1つのことだけに集中し、全力を挙げて、最高の仕事をします。

あれこれ迷ったり、違うものに考えをいたらせたりしてはいけません。そのことだけにひたすら集中します。

「今、目の前」は、どたんばからの脱出に直接関係ないように見えることもあるでしょう。それでもかまいません。じたばたしても他に道がないことは明白でしょう。だったら、肝っ玉を据えて、「今、目の前」にフォーカスしましょう。

ある偉大な成功者がゴルフにたとえていました。ゴルフの目標は小さな穴です。そこへ、遠くから、小さなボールを打ちます。一発で目標に届くことはまれです。どんなにへたくそでも、何度も打つうちに、だんだん目標へ近づいていきます。いずれは、必ず、目標へ到達します。もし、「今、目の前」のボールを打つことを難しく感じて、ボールを無視して違う方へ走っていったり、温泉に入っていたりすると、いつまでたっても目標に届きません。

どたんばでは、「今、目の前」にフォーカスすることが、意外に難しいです。でも、偉大な成功者たちは、必ずそうしています。それは、自信や信念を持たねばできないことです。

「世界を救うというミッション」を持って、「今、目の前」へ全力で取り組むことで、必ず奇跡が起きます。それこそが、創造です。

もし、自分が何か達成したい目標、手に入れたいものがあるなら、世界を救うというミッションの上にその願望を位置づけます。例えば、お金を稼ぎたいなら、稼いだお金で何をするか、という話です。何のために稼ぐのか。それを、世界を救うというミッションに位置づけます。そうして、「今、目の前」にフォーカスします。

世界の基本原理は、きわめてシンプルです。

原理はシンプルでも、「世界を救うというミッション」の具体的な形は人によって様々ですし、「今、目の前」も、人によって皆違います。表面的には、人によって考え方も生き方も皆違って見えます。ただ、そこを貫いている原理は例外なく1つなのです。

そして、幸せというものも、人それぞれでありながら、幸せの原理はたった1つなのだと、気づきました。

前へ前へ  TOPTOP  次へ次へ