「引き寄せの法則」の原点を読み解く

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ウォレス・D・ワトルズ

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[018]引き寄せと信仰

  

 

世界には、偉大な宗教が数多くあります。どの宗教も、人類の平和、共存、幸せを説いているはずです。

それらと引き寄せの法則との関係は?

宗教は、本尊、教義、聖典から成り立ちます。教義と聖典は理解できるとして、本尊とは何でしょうか? いわゆる、神仏です。

熱心に信仰している方に伺いたいのですが、神や仏を見たことがあるでしょうか? ある、という人もいるかもしれません。UFOに拉致されたという人もいるぐらいですから。しかし、ほとんどの人は、神も仏も見たことがないはずです。見たことがないのに、信じています。

宗教も、引き寄せの法則も、成功法則も、同じ原理を説いているとするなら、神仏の正体は、独立した人格をもつ生命体ではなくて、自然そのものと考えられないでしょうか。

自然に畏敬の念を持つことは、宗教の如何にかかわらず、だいじなことです。

引き寄せの法則も、成功法則も、自分が自然(現実)から離れて何かをなし得るとは言いません。かならず、現実(自然)の中でこそ、何かをなし得ます。

人類は、自然の中にある法則を解明しつつあります。物理、医学、心理、社会、経済・・・

自然の法則に善悪の別はありません。しかし、ある方向性を持つものです。そうでないと法則にはなりません。その方向性を、ワトルズさんは、創造、繁栄、感謝と言っています。

その方向性をつかさどる「大いなる存在」を、神仏と考え、敬うのは大いに良いのではないかと思います。
そうであるなら、神仏は、人間に命令したり指図したり制限を加えたりする存在ではありません。

我々は、大いなる存在に畏敬の念を持つべきですが、大いなる存在によって我々が制限されていると考えるべきではありません。

私たちは、望むことは何でも実現できます。それは、私たち以外の誰かが為すわけではありません。そしてまた、私たち以外の何かが邪魔をするわけでもありません。

為すのも、邪魔をするのも、私たち自身です。

でも、多くの人は、こういう考え方を拒否します。怖れ、忌み嫌います。そして、不平不満を募らせていきます。

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