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創造の力シリーズ

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結婚

  

4.子育てとは打ち出の小槌

子育ては想定できない

結婚するときには、将来のことを、あれこれ考え、期待に胸をふくらませたり、不安を抱いたりすることでしょう。

そんな中で、「子育て」については、未知の領域です。想像することさえ、難しい。というか、まあ不可能です。子どもを授かって感じる気持ちは、じっさいにその状況にならなければ、わからないことが大部分です。本を読んで、頭で理解し想像することはできますが、その状況でじっさいにどう感じるかは、あまりに違います。私が言うまでもなく、世の中の親たちは、ほとんどの方が、同じように言うでしょう。

世の中のできごと、自分が直接体験しなくてもある程度は間接的に体験したり、想像したりすることができるものです。本を読んだり、映像で見たり、話を聞いたりという行為が、直接体験できる以上に私の世界を広げてくれます。

こども

なのに、子どもを授かるというできごとは、非常にありふれた、珍しくも何ともないできごとでありながら、しかも、だれもが逆の立場を経験しているにもかかわらず、しかも、子を持つ親という実例が身のまわりにいくらでも存在するにもかかわらず、その体験は、想像することが難しいです。

「子育て」は、ある程度参考にできる情報があふれかえっているにせよ、「私の子育て」は他の子育てとは同じになりません。とてもプライベートなテーマなのです。

夫婦の危機を生じやすい

じつは、子育てについてこのようなもったいぶった言い方をするのは、子育ては夫婦にとっての最重要課題であり、夫婦の意見の相違がくっきり現れやすいからなのです。

子どもを授かると、生活が子どもを意識したものにならざるを得ません。子どもは、時と場所をかまわず、親を悩ませます。親の愛情を求めてきます。親は、子を意識しないで暮らしていくことはできません。しかも、事前に想定し準備することはいくらかできたとしても、まったく十分ではありません。しかも、子を2人以上授かったなら、それぞれの子で、大きく状況が違うのがふつうです。

子を授かると、親にとっては、自分の分身であり、親とは独立した存在でもあり、親の愛情を求めながらも、親とは違う価値観を持ちます。親は、自分の人生観、生き様を子に投影しようとします。良かろうと悪かろうと、自分の人生観をもってしか、子育てはできません。

となると、夫婦といえど、人生観や価値観は、必ず違います。それぞれが子に投影しようとすれば、夫婦のあつれきにつながりかねません。実際のところ、子育てが直接・間接の引き金となって、夫婦の危機あるいは離婚に至ってしまうケースが多いです。

また、子どもは、親のコピーではないので、親が人生を投影することに対し、そのまま受け入れることはあり得ません。となると、親子のあつれきも生じます。ここから家族の危機、家族の崩壊へ至ることも珍しくありません。

子育ては、互いの人生観が深く干渉し合うので、非常に難しい問題です。ある意味、人生の最難事と言っていいかもしれません。

子育てを打ち出の小槌に変える

さて、見方を変えましょう。

親子、夫婦で人生観や価値観がまったく同じであれば、おそらく問題は生じないでしょう。そんなことは現実にはあり得ませんが。もし、仮にそうだとしましょう。そこには、何の成長も創造も生まれません。もちろん、幸せを創り出すこともできないでしょう。だったら、夫婦や親子である意味はないのでは?

価値観や人生観が違うから夫婦や親子でいられないという人はしばしば見かけますが、逆でしょう。違うからこそ、夫婦であり、親子である意味があるのです。

こども

人類が持つ、様々な智慧をよく見ると、あることに気づきます。親が子どもから学ぶとき、最も家族が幸せになれるということです。

盲点です。

親は、子をしつけ、教え、保護しなければいけません。それらは不可欠です。しかし、それは、親と子の多様性を損ないます。ほっといても子は親から学びます。じつは親も、子からたくさんのことを学んで成長しているのです。子どもから学ぶ。これを意識すれば、子育ては怖くありません。親の負担も大きく減ります。同時に、知らぬ間に創造の力も育っていきます。

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